第百六回 王熙鳳、禍を致し羞恥を抱く 賈太君、天に禱り禍患を消す
第百六回 王熙鳳、禍を致して羞慚を抱く 賈太君、天に祷りて禍患を消す
話に賈政、賈母の危急を聞き、急ぎ入りて見舞う。賈母は驚き気逆を起こし、王夫人・鴛鴦らが呼び覚まして戻す。即ち疎気安神の丸薬を服せしめ、漸く少し良くなれども、ただ心を傷めて涙を落とす。賈政傍らにて勧め慰め、常に「子共の不肖にて、禍を招き寄せて老太太に驚きを受けさせ申す。もし老太太が少しでも心を慰め給わば、子共らなお外にて取り計らい得べし。もし老太太に何か不自由あらば、子共らの罪科は更に重くなり申す」と言う。賈母の言うよう、「我は八十余歳を生き、自ら女の子にて汝の父の手に至るまで、皆祖宗の福に託りて、かかる事を聞きしことなし。今や老い至りて、汝らが或いは罪を受けんを見るに、我が心に過ぎ行き得んや! いっそ目を閉じて汝らに従いて行かんのみ」と。言いてまた泣く。
賈政、この時非常に焦り、また外にて「老爺に請う、内廷より便りあり」と言うを聞く。賈政急ぎ出で来たれば、北静王府の長史なり。顔を合わせるや「大喜」と言う。賈政謝し、長史を請いて坐らせ、「請問、王に何の諭旨ありますや」と言う。その長史の言うよう、「我が王、西平郡王と共に内に入りて復奏し、大人の懼れる心、天恩を感激するの言を代奏せり。主上は甚だ憫恤し、かつ貴妃の溘逝久しからざるを念じ給い、加罪を忍びず、恩を加えてなお工部員外郎にて行走せしめよとす。封じたる家産は、ただ賈赦のものを官に入れしめ、余は皆還し給う。かつ旨を伝えて心を尽くして職務に当たらしむ。ただ抄出したる借券は我が王に查核せしめ、もし違禁の重利あれば一概に例に照らし官に入れ、定例にて生息するものは房地の文書と共に尽く還し給う。賈琏は職衔を革め、罪を免じ放還せよ」と。賈政聞き終わり即ち起身して天恩を叩謝し、また王の恩典を拜謝す。「先ず長史大人に代わりて謝意を禀え願い、明朝闕に到り恩を謝し、かつ府に至りて叩頭せん」と。長史去れり。少しくして、旨を伝え出だす。承办官旨に遵い一々查清し、官に入るべきは官に入れ、還すべきは還し、賈琏を放出し、すべて賈赦名下の男女らを造册して官に入る。
哀れなるかな賈琏の屋内の物、例に照らし放出の文書を除きて発給せしむる外、残余は尽く官に入れられざるも、早くも查抄の人に尽く奪い去られ、存するものはただ道具物のみ。賈琏、初めは罪を懼るるも、後、放還を得ては已に大幸、及び年来積みし物と鳳姐の私財と七八万金を下らず、一朝にして尽くるを想起せば、何ぞ痛まざらん。且つその父、今錦衣府に禁じられ、鳳姐病みて危篤にあり、一時に悲痛を抱く。又見るに賈政涙を含みて彼を呼び、問いて曰く、「我官事の身にありて大いに家を理せざるを以て、故に汝ら夫婦に命じて家事を総理せしむ。汝の父の為す所固より諫め難し、その重利盤剥は竟に誰の為せるぞ。況や我が家の如きの為す所に非ず。今官に入り、銀銭は打緊ならざれども、かかる声名の出でては済まされんか!」と。賈琏跪き言う、「姪、家事を弁じ、敢えて一点の私心を存せず。すべて出入の帳目は、自ずから頼大・呉新登・戴良ら登記し、老爺ただ彼らを呼びて查問せしめ給え。今この数年、庫内の銀子は出でて多く入りて少なく、未だ貼補せずと雖も、各所にて多くの空頭を為し、求む、老爺、太太に問い給わば即ち知らん。これらの放出したる帳は、姪すらも何処の銀子なるかを知らず、周瑞・旺児に問うて始めて知るべし」と。賈政の言うよう、「汝の説く所に拠れば、汝自身の屋の事すら知らず、それらの家中上下の事は更に知らじ。我この度も来りて汝に問わじ。今汝は無事の人、汝の父の事と汝の珍大哥の事とを速やかに打听せざるか」と。賈琏一心に忍びず、涙を含みて答應し出で去る。賈政嘆息連々として思いを致す、「我が祖父王事に勤労し、功勲を立て、二つの世職を得たり。今や両房犯事して皆革められたり。我これらの子侄に一人も長進せる者を見ず。天よ、天よ! 我が賈家何ぞ一敗かくの如きに至らん! 我は聖恩の格外に垂れ慈しみ、家産を還し給うと雖も、その両処の食用は自ずから一処に帰併すべきに、我一人にて何処より支え支えんや。方に琏児の説く所更に異なり、庫上に銀なく、しかも虧空ありと言うのみならず、此の数年竟是虚名のみ外に在り。只だ恨む、我が自ら何ぞかくの如く糊塗せるを。倘し我が珠児世に在らば、なお膀臂あるべし。宝玉は大いと雖も、更に無用の物なり」と。そこに思い至り、覚えず涙襟に満つ。又思う、「老太太の大なる年紀に、子共ら一日の奉養を自ら能くせず、却って彼を嚇して死に往き生き返らしむ。種々の罪孽、我これを何の人に委ねん!」と。独り悲切するに当たり、家人の各親友入りて看候すと報ずを見る。賈政一々謝し、言う、「家門の不幸、是我子侄を教え管し能わざるに由り、此に至る」と。或いは言う、「我久しく令兄赦大老爺の行い妥ならざるを知る。向こうの珍哥は更に驕縦を加う。若し官事の錯誤に因りて過ちを得るならば、心に愧じず、今自ら鬧り出したるに、却って二老爺を連れ累ねたり」と。或いは言う、「人も多く鬧りしを見れども、御史の参奏するを見ず。珍老大が朋友に得罪せざれば、何ぞ此に至らん」と。或いは言う、「御史を怪しむに足らず。我ら聞く、府上の家人同幾つかの泥腿が外にて哄嚷して出だせりと。御史、参奏の実ならざるを懼れ、故にここの人を誑して去らせて始めて説き出だせり。我思う、府上は下人に最も寛なるに、何ぞなおかかる事あらん」と。或いは言う、「凡そ奴才らは一人も養い置く可からず。今ここに在るは皆善き親友なれば我敢えて言う。即ち尊駕外任に在り、我保ち得ず、汝は銭を愛せざれども、その外の風声も亦悪し。皆奴才らの鬧りし所なり。汝防ぐべきなり。今雖も汝の家を動かさず、倘し再び主上の疑心に遇わば、多くの不便あらん」と。賈政聞き、心下忙しくなり言う、「衆位、我が風声を聞くこと如何?」と。衆人の言うよう、「我ら実据を聞かざれども、只だ外の人、汝が糧道の任にて如何に門上の家人に銭を要めしむるを説くを聞く」と。賈政聞き、即ち言う、「我は天に対し得、敢えてこの銭を要むるの念を起こさず。ただ奴才の外にて招摇撞騙し、事を鬧り出して我吃み堪えず」と。衆人の言うよう、「今懼るるも益なし。只だ将に現在の管家らを厳しく一々查し、若し主に抗う奴才有らば、查し出して厳しく一々弁ずるに如かず」と。賈政聞きて頭をうつ。門上の入り来たりて回禀す、「孫姑爺の方より人を遣わし、自己の事ありて来たる能わず、人をして見舞わしめ、大老爺彼に一種の銀子を負い、二老爺の身上にて還すべき由を言う」と。賈政心内憂悶し、只だ「知りぬ」と言う。衆人皆冷笑して言う、「人、令親孫紹祖の混帳を言う、真に少しあり。今や丈人抄家せられ、来たり見舞い幫補し照応せざるのみか、却って忙しく来たり銀子を要む、真に理に在らず」と。賈政の言うよう、「今且く彼を説くに及ばず。あの縁談は本来家兄の配し誤りしもの、我が姪女の罪は已に受け尽くし、今又我を招き寄す」と。正に言うに、薛蝌入り来たり言う、「我打听す、錦衣府趙堂官は必ず御史の参のままに弁じ行くべく、恐らくは大老爺と珍大爷と吃み堪えざらん」と。衆人皆言う、「二老爺、なお汝出でて王に求むるを得ざらんか、如何にか挽回し挽回せよ。然らずんばこの両家は即ち了りなん」と。賈政答應して致謝し、衆人皆散ず。
その時已に点灯の頃、賈政入りて賈母の安を請い、賈母の少しく良くなるを見る。己が房に帰り、賈琏夫婦の不知好歹を怨み、今や放賬取利の事を鬧り出し、大家悪しからん。方に鳳姐の為す所を見、心裏に甚だ受け容れず。鳳姐今病重く、彼の所有物尽く抄奪せられ一空なるを知り、心内に鬱結し、一時に未だ怨み難く、暫く忍びて言わず。一夜話なし。次早、賈政内に入り恩を謝し、並びに北静王府・西平王府の両処に至り叩謝し、両位の王に其の兄と侄とを照応せられんことを求む。両位許諾す。賈政又同じ寅の相好の処に情を託す。
さて、賈璉は父と兄の事がたいそう具合悪いと聞き及んだが、手の施しようもなく、やむを得ず家に帰って来た。平児は鳳姐のそばに付き添って泣き、秋桐は耳房の中で鳳姐の悪口を言っていた。賈璉が近くに寄ると、鳳姐は息も絶え絶えで、たとえ恨み言が山ほどあっても、その時は何も言い出せなかった。平児が泣きながら言うには、「今や事ここに至っては、品物は戻って来ません。奥様がこの様子では、もう一度お医者を呼んで治療なさるのが宜しゅうございます。」賈璉はつばを吐きかけて言うには、「俺の命だって保証できやしない、そんな女の世話などできるか!」鳳姐はこれを聞き、目を開けてちらりと見たが、物は言わず、涙がとめどなく流れ落ちるばかりであった。賈璉が出て行くのを見ると、鳳姐は平児に言うには「お前、事の道理が分かっていない。こんな有様になって、まだ私のことを気遣って何になる。私は今日にでも死んでしまいたいのだ。ただ、お前が目に私を入れてくれるなら、死んだ後、巧姐児を立派に育てておくれ。そうすれば、あの世でもお前に感謝するから。」平児はこれを聞いて、声を上げて泣いた。鳳姐が言うには「お前も利口な者だ。あの人たちは直接私を責めはしなかったが、きっと恨みに思っている。事は外で起こったとはいえ、私が金を欲しがらなければ、今になってこんな目に遭うこともなかった。ただ無駄に知恵を巡らせ、一生張り合ってきたが、今では人後に落ちてしまった。私はただ、人を誤って使ったことが口惜しい。噂では、あちらの珍大爺の件は、良民の妻を強引に妾にしようとし、従わなければ無理やり死なせたという、張という姓の者が絡んでいるらしい。お前、他に誰がいると思う。もしこの件が暴かれれば、我が家の二爺は免れない、その時、私はどんな顔で人に会えよう。今すぐ死のうにも、金を呑んだり毒を仰いだりするのは耐えられない。お前はまだ医者を呼ぼうなどと言うが、それは私を気遣うどころか、かえって私を害するのではないか。」平児は聞けば聞くほど惨めになり、考えても本当に難しい立場で、鳳姐が自ら命を絶つのを恐れ、ただひたすらに付き添うしかなかった。幸い、賈母は事情の細かいところを知らず、近ごろ体もいくらか良くなり、賈政に異状がなく、宝玉と宝釵が毎日そばを離れないので、少しは安心していた。かねてより鳳姐を最も可愛がっていたので、鴛鴦を呼んで「私の私物から幾らか鳳丫头に持って行き、また銀銭を平児に渡して、しっかり鳳丫头の世話をさせなさい。私は後でゆっくり取り計らう。」と言い、また王夫人に命じて邢夫人の面倒を見させた。さらに、寧国府の邸宅は没収され、全ての財産、土地家屋、家来などは帳簿に記載されて没収されたので、賈母は車を用意して尤氏とその姑たちを迎えに行かせた。哀れなことに、名高い寧国府は彼女たちと佩鳳、偕鸞の二人だけとなり、下女すら一人もいなかった。賈母は一つの家を指して彼女たちに住まわせ、惜春の住む隣にした。また、婆子四人、侍女二人を遣わして世話をさせた。全ての食事や日用品は大厨房から届けられ、衣類や装飾品は賈母が送り、細々とした必要な物も帳房から支出され、すべて栄国府の毎月の決まりの数に従った。あの賈赦、賈珍、賈蓉は錦衣府に拘束されており、帳房には実際に支給できる金はなかった。今や鳳姐は何も持たず、賈璉は借金にまみれ、賈政は家事を知らず、人に頼んだからにはきっと面倒を見てくれるだろうと言うばかりだった。賈璉は手の施しようがなく、親戚の中では薛姨媽の家は既に没落し、王子騰は亡くなり、他の親戚はいても皆助けにならないと思い、やむを得ずひそかに人を村に遣わして、田畑を一時的に売り、数千両の銀を獄中の費用として調達した。賈璉がこのようなことをすると、家来たちは主家の勢いが衰えたのを見て、これに乗じて悪さをし、東の荘園の小作料までも名目を借りて使い込んだ。これは後日の話で、ひとまず置いておこう。
さて、賈母は祖宗の世襲の官職が剥奪され、今や子孫が監獄に閉じ込められて審問を受けているのを目にし、邢夫人や尤氏たちは日夜泣き明かし、鳳姐は病が重く死にかけていた。宝玉や宝釵がそばにいて、慰めることはできても、憂いを分かち合うことはできず、日夜安らぐ暇もなく、あれこれと思い悩んでは涙が絶えなかった。ある日の夕暮れ、宝玉を帰らせ、自分でどうにか起き上がって座り、鴛鴦たちに命じてあちこちの仏堂に線香を上げさせ、また自分の庭にも斗香を焚かせ、杖をついて庭に出た。琥珀は老夫人が仏を拝もうとしているのを知り、大きな赤い短い毛氈の礼拝用の敷物を敷いた。賈母は線香を上げてひざまずき、何度も頭を下げ、しばらく念仏を唱え、涙を浮かべて天地に祈りを捧げて言った。「皇天菩薩よ、上にいまします。我が賈門の史氏、誠心を込めて祈り申し上げます。菩薩の慈悲をお願いいたします。我が賈門は幾代にもわたり、凶事を行い横暴を働くことはございませんでした。私は夫を助け、子を補佐し、善を行うことはできずとも、悪をなすことはいたしませんでした。必ずや後輩の子孫たちが驕り奢り、淫らに逸楽にふけり、天の恵みをむだにしたために、家全体が没収されるに至ったのでございましょう。今や子孫は監禁され、凶事が多く吉事が少ないのは必定、これはすべて私一人の罪業でございます。子孫を正しく教え導かなかったため、このような境地に至ったのです。今日、私はひたすら皇天のご加護を願います。監獄におる者たちが凶事を吉事に変えられ、病ある者は早く安らかな身となりますように。たとえ家全体の罪業でありましても、私一人が進んで背負い、ただ子孫の罪だけはお許しくださいますようお願いいたします。もし皇天が哀れみ、私の誠心をお認めくださるなら、早々に私に死をお授けになり、子孫の罪過をお許しくださいますよう。」こうして声もなく祈り終えると、思わず心が痛み、嗚咽して泣き出した。鴛鴦や珍珠が一方で慰め、一方で彼女を支えて部屋に入った。そこへ王夫人が宝玉と宝釵を連れて夕方の挨拶に来たところ、賈母が悲しんでいるのを見て、三人も大声をあげて泣き出した。宝釵にはさらなる苦しみがあった。兄もまた外の監獄におり、将来処刑されること、それが緩和されるかどうかもわからない。舅姑は無事ではあるが、目の当たりにする家業は衰退し、宝玉は依然として狂ったように愚かで、志気もまったくない。自分の将来の終身のことを思うと、賈母や王夫人よりもさらに激しく泣いた。宝玉は宝釵がこれほど悲しむのを見て、彼もまた一種の悲しみを覚えた。考えるのは、老夫人が年老いて安らかでないこと、老爺や太太がこのような有様を見て悲しまざるを得ないこと、姉妹たちが風のように散り去り、日ごとに少なくなっていくことである。園で詩を吟じ、結社したあの賑わいを思い返し、林妹妹が死んでからというもの、自分は鬱々として今に至り、また宝姐姐が来てからは、頻繁に悲しむわけにもいかなかった。彼女が兄を憂え、母を思い、日夜笑顔を見せることの少なかったのを見ていたが、今や彼女が悲しみのあまり絶え入らんばかりなのを見て、ますます忍び難くなり、ついに声を上げて泣き出した。鴛鴦、彩雲、鶯児、襲人は彼らの様子を見て、それぞれに思うところがあり、嗚咽し始めた。残りの下女たちも心を痛めて見て、一緒に泣き出し、慰める者もいなかった。部屋中に響く泣き声は天地を震わせ、外で夜番をしていた老女たちは慌てふためき、急いで賈政に報告に行った。賈政はちょうど書斎で思い悩んでいたところ、賈母の使いの者が来て報告したので、心配になり、飛ぶように内庭に駆け込んだ。遠くから泣き声が大きいのを聞き、老夫人が危ないと思い、慌てふためいて魂も消え入るばかりで急ぎ入ってみると、皆が座って悲しみ泣いているのを見て、ようやく魂が落ち着いた。そして言った。「老夫人が悲しんでおられるのだから、皆は慰めるべきであろう。どうしてみな一緒に泣き出したのだ。」人々は賈政の声を聞いて、慌てて泣き声を止め、互いに顔を見合わせてぼんやりとした。賈政は前に出て老夫人を慰め、さらに人々を少し叱った。各自心の中で思った。「もともと私たちは老夫人が悲しむのを心配して、慰めに来たのに、どうして我を忘れて皆で一緒に泣き出してしまったのだろう。」と、理解できずにいると、老女が史侯の家の女中二人を連れて入ってきて、賈母に安否を尋ね、さらに皆に挨拶を済ませると、言った。「我が家の老爺、太太、お嬢様が私を遣わしました。お宅のことでお聞きしましたが、もともと大したことはなく、一時の驚きに過ぎないとのこと。老爺や太太がご心配されているのではと、私たちに申し伝えに来させたのです。こちらの二老爺はもう心配は無用とのことです。私たちのお嬢様は本来なら自らお伺いしたいところでしたが、間もなくお嫁に行くため、参ることができません。」賈母はこれを聞いて、礼を言うのもためらい、「帰って私からよろしく伝えてください。これは我が家の運命がそうなっているのです。そちらの老爺と太太のお心遣い、ありがたく、後日改めてお礼に伺います。そちらのお嬢様がお嫁に行かれるとのこと、お相手の方は言うまでもないでしょう。彼らの家計はどうですか?」と尋ねた。二人の女中は答えた。「家計は特にどうということはありませんが、お婿様はたいそうお美しく、人柄も穏やかでいらっしゃいます。私たちも何度かお目にかかりましたが、こちら様の宝二爺と似たようなお方で、また、才覚や学問もおありとの噂です。」賈母はこれを聞いて喜び、「私たちは皆南方の出身で、ここに長く住んではおりますが、あの大きな礼儀作法はやはり南方のしきたりに従っておりますので、新しいお婿様には私たちはまだお目にかかっておりません。先日も私は自分の実家の者たちを思い出しました。最もかわいがっているのはそちらのお嬢様で、一年三百六十日、私の前におる日が二百日以上あり、こんなに大きくなりました。もともと良い婿を取らせてやりたいと思いながら、彼女の叔父が家におらず、私が勝手に決めるのもはばかられました。彼女が幸運にも良いお婿様と縁づいたのなら、私も安心しました。今月中に嫁ぐとのこと、もともと一杯祝い酒を飲みに参りたいと思いましたが、思いがけず我が家にこのようなことが起こり、私の心はまるで熱い鍋の上で煮えているようで、どうしてそちら様へ参れましょう。帰って私がよろしくと言ったと伝えてください。こちらの者たちも皆、安否を尋ねています。あなたは特にそちらのお嬢様に、私のことを気にかけないようにと伝えてください。私は八十を過ぎた身、たとえ死んでも無福とは言えません。ただ、彼女が嫁いだ後、夫婦仲睦まじく、百年添い遂げてくれれば、それで安心です。」と言い、思わず涙をこぼした。その女中は言った。「老夫人もあまり悲しまれませぬよう。お嬢様が嫁がれた後、里帰りを済ませれば、きっとお婿様とご一緒に老夫人のご機嫌を伺いに参りましょう。その時、老夫人はお喜びになられます。」賈母はうなずいた。その女中は退出した。他の者たちは気にも留めなかったが、宝玉だけはしばらくぼんやりと考え込んだ。「今や一日一日が耐え難い。なぜ人は娘を育てて大きくなると必ず嫁に出さねばならぬのか。一度嫁げば変わってしまう。史妹妹のような人でも、彼女の叔父に無理やり人と縁づけられてしまった。彼女は将来、私に会ってもきっと無視するだろう。人がこれほど無視される立場に陥ったら、生きていて何になろう。」とここまで考えて、また悲しくなった。しかし賈母がようやく落ち着いたところなので、泣くこともできず、ただ憂鬱に過ごした。
しばらくして賈政は心配になり、再び中に入って老太太の様子を見ると、だいぶ良くなっていたので、外に出て頼大を呼び寄せ、軍営の家事を管理する者の名簿を持ってこさせ、一人ひとり点検した。賈赦の没収された者を除いても、なお三十余家、男女合わせて二百十二名がいた。賈政は現在府内で働く男二十一名を呼び入れ、近年の家計の収支について、収入がどれほどあり、支出がどれほどかを尋ねた。家事を総括する者は近頃の出納簿を差し出した。賈政が見ると、収入が支出に追いつかず、加えて近年の官中での出費がかさみ、帳簿には外部からの借金も少なくなかった。さらに東省の地代を調べると、近年の納入は先祖の半分にも満たず、今の支出は先祖の時代の十倍にも増えていた。賈政は見なければよかったが、見てしまうと焦って足を踏み鳴らして言った。「これは大変だ!私はてっきり琏児が家事を取り仕切り、家中を掌握しているものと思っていたが、何とここ数年はすでに寅年のうちに卯年の金を使い、見せかけだけは立派にしておいて、世襲の俸禄を軽んじているとは、どうして破滅しないことがあろう!今さら節約しようとしても、もう遅すぎる。」そう思うと、手を背にして行ったり来たり歩き回ったが、どうにも方法がなかった。皆は賈政が家事に疎く、ただ空しく心配して焦っているだけだと知っていたので、言った。「旦那様、ご心労なさいますな。どの家も同じようなものです。総計すれば、王様の家でさえ足りません。ただ見せかけを繕って、その場その場をやり過ごしているだけです。今、旦那様はついに主上のご恩にあずかり、わずかながらの家産をお持ちですが、もしすべて官に没収されたなら、旦那様は生活できなくなるというのでしょうか。」賈政は怒鳴った。「馬鹿を言え!お前たち奴隷どもは最も恩知らずで、主人の良い時に好き勝手に使い込み、使い果たしてしまうと、逃げる者、去る者が出て、主人の死活など顧みるものか!今、お前たちは没収されなかったのが良いと思っているだろうが、外の評判を知っているのか。大本も保てないのに、お前たちが外で大きな顔をして大言壮語し、人を騙すのを許せると思うか。騒動が起きれば、主人に責任をなすりつけて終わりだ。今、大老爺と珍大爷の件は、我が家の者である鮑二が外部に言い触らしたと言うが、この名簿には鮑二の名がないのはどういうことだ?」皆が答えた。「その鮑二は名簿には載っておりません。以前は寧府の名簿にありましたが、二爺(賈琏)が彼が正直だと見込んで、夫婦をこちらに呼び寄せました。その後、彼の女房が死んで、また寧府に戻りました。その後、旦那様の役所で用事があり、老太太や旦那様方が陵へお出かけになった時、珍大爷が家事を代行して連れて来たもので、その後はまた去って行きました。旦那様は長年家事を顧みられなかったので、そのようなことをご存じあるはずもありません。旦那様は名簿に名前がない者はこの者だけだと思っておられますが、一人の者の手下には親族もいれば、奴隷にもまた奴隷がいるものなのです。」賈政は言った。「これではたまらん!」考えてみても一時に整理できるものではなく、やむを得ず皆を叱って退出させ、心中には既に一つの考えを抱いていた。ひとまず賈赦たちの事件の審理がどうなるかを聞いてから決めることにした。
ある日、書斎で計画を練っていると、一人の者が飛び込んできて言った。「旦那様、すぐに内廷へお越しください。お尋ねがあります。」賈政はこれを聞いて慌てふためき、やむを得ず入って行った。吉凶はいまだ知れず、それは次回に明らかにされる。
