曲礼上
『曲礼』に曰く、「恭敬ならざることなかれ。厳かにして思うが如く、言辞安らかにして定まる。これに由りて民を安んずるなり」と。
傲慢は長じるべからず。欲望は縦うべからず。志は満つべからず。楽しみは極むべからず。
賢者には親しみて敬い、畏れつつ愛せよ。人を愛してはその悪を知り、人を憎んではその善を知れ。財を積みて能く散じ、安きに居りて能く遷れ。財に臨んでは苟に得ることなく、難に臨んでは苟に避くることなく、争いては勝ちを求めず、分かちては多きを求めず。疑わしきは臆することなく、直きは自ら是とすることなかれ。
坐するは尸の如く、立ちては斎の如くせよ。礼は時に従い、使は地に従う。
礼とは、以て親疏を定め、嫌疑を決し、同異を別ち、是非を明らかにするものなり。礼は、苟に人を説ばせず、言を費やさず。礼は、節を踰えず、侵侮せず、狎昵を好まず。身を脩め言を践むは、これ善行と謂う。行を脩め言に道うは、これ礼の質なり。礼は、学びを聞くも、教うるを聞かず。礼は、往きて学ぶを聞くも、来たりて教うるを聞かず。
道・徳・仁・義、礼なくしては成らず。教訓正俗、礼なくしては備わらず。争弁の事、礼なくしては決せず。君臣上下、父子兄弟、礼なくしては定まらず。宦学事師、礼なくしては親しまず。班朝治軍、涖官行法、礼なくしては威儀あらず。禱祠祭祀、鬼神に供うるも、礼なくしては誠荘ならず。是の故に君子、恭敬撙節退讓を以て礼を彰わす。鸚鵡能く言うと雖も、飛鳥を離れず。猩々能く言うと雖も、禽獣を離れず。今人にして礼なければ、能く言うと雖も、禽獣の心にあらざるか。夫れ禽獣礼なければ、故に父子牝牡を同じゅうす。是の故に聖人起こり、礼を為りて以て人を教え、人をして礼有らしめ、以て禽獣に異なるを知らしむ。
上古は徳を尚び、其の次は施報を務む。礼は往き来を尚ぶ。往きて来たらざるは礼に非ず。来たりて往かざるも亦礼に非ず。人、礼有れば則ち安んじ、礼無ければ則ち危うし。故に曰く、「礼は学ばざるべからず」と。礼とは、己を卑くし人を尊ぶなり。儋父販婦に雖も、必ず尊ぶべき者あり、況や富貴をや。富貴にして礼を好めば、驕淫せず。貧賤にして礼を好めば、志は懾せず。
人生十年を幼と曰い、学ぶ。二十を弱と曰い、冠す。三十を壮と曰い、室あり。四十を強と曰い、仕う。五十を艾と曰い、政を服す。六十を耆と曰い、使う。七十を老と曰い、伝う。八十、九十を耄と曰い、七年を悼と曰う。悼と耄と、罪ありと雖も、刑を加えず。百年を期と曰い、頤う。
大夫七十にして老を致す。君辞せざれば、則ち必ず几杖を賜い、行いては婦人を以てし、四方には安車に乗る。自ら称して曰く「老夫」と。其の国に於いては名を称う。他国に之くには、必ず其の制を告ぐ。
長者に請うには、必ず几杖を操りて以て従えよ。長者問うに、辞せずして対うるは、礼に非ず。
凡そ子の礼に、冬は温め、夏は凊め、昏に定め、晨に省み、醜夷に争わず。
子として、三賜せらるも車馬を受けず。故に州・里・郷・党、其の孝を称す。兄弟親戚、其の慈を称す。僚友、其の弟を称す。執友、其の仁を称す。交遊、其の信を称す。父の執友の見ゆるに、之を召さざれば、進まず。之を退かざれば、退かず。問わざれば、対えず。此れ孝子の行なり。
子として、出ずれば必ず告げ、反るれば必ず面とす。遊ぶに常所あり、学ぶに常業あり。言いて老を称せず。年長ること一倍せば、父と為す。十歳長ずれば、兄と為す。五歳長ずれば、肩を随う。群居して五人なれば、則ち長者必ず異席せよ。
子として、室を居るに奥にせず、坐するに中にせず、行くに道にせず、立つに門にせず。飮食の量を制せず。祭祀に尸と為らず。声に聴きて聴かず、形に視て視ず。高きに登らず、深きに臨まず。訾(そし)らず、笑(わら)わず。孝子、闇に行わず、危に登らず。辱めを親に累(かか)ることを恐るるなり。父母存すれば、友を許諾せず。私財を蓄えず。
子として、父母存すれば、冠衣、素を以て縁とせず。孤子にして当室なれば、冠衣、采を以て縁とせず。
稚子、常に誑(あざむ)くこと毋(なか)れ。童子、裘・裳を衣ず。立つこと必ず方正なり。頤(あご)を傾けて聴かず。長者之を提(ひ)くには、両手を奉じて長者の手に当つ。負う・抱くに、側(かたわ)らに言う。口を掩いて対う。
先生と道を同じゅうするには、趨りて言うこと毋れ。先生の道に於けるに、趨りて進み、正立して拱手す。言うこと有らば、則ち対う。言うこと無ければ、則ち退きて趨る。長者に従いて丘陵に上るには、則ち長者の所に向かいて眺む。
城に上りては指呼せず。城上には、呼ばず。
将に適(ゆ)かんとするには、求むること固(しも)るなかれ。将に堂に上らんとするには、声を揚げよ。戸外に二屨(くつ)あれば、言を聞けば則ち入る。言を聞かざれば則ち入らず。将に戸に入らんとするには、視ること下(しも)にす。戸を入りては扃(かんぬき)を奉じ、視ること瞻(み)ること毋(なか)れ。戸を開くるも亦開け、戸を閉ざすも亦閉ざせ。後に戸有れば、闔(とざ)すも闔(とざ)すこと毋(なか)れ。屨を踐まず。席を踰えず。裳を扱(くく)りて隅に趨れ。必ず謹みて唯諾(いだく)せよ。
大夫・士、国君の門を出入するには、闑(くぐり)に由り、闑(しきい)を踐まず。
凡そ客と門に入るには、門毎に客をして入らしむ。客、寝門に至れば、主人、席を請い、然る後に客を迎う。客固辞すれば、主人、客に肅(すす)めて入る。主人、門に入りて右し、客、門に入りて左す。主人、東階に就き、客、西階に就く。客、下れば、則ち主人の階に就く。主人固辞すれば、然る後に客、西階に復す。主客、階を讓り、主人先ず登り、客従う。階に登りては級を聚(ふ)む。上東階は則ち右足を先にし、上西階は則ち左足を先にす。
帷の外・堂上・玉を執るに、趨らず。堂上には接武(せつぶ)、堂下には布武(ふぶ)。室中には翔ばず。並び坐しては肱(ひじ)を横たえず。之を授くるに立つ者は跪かず、之を授くるに坐する者は立たず。
凡そ長者のために掃除するの礼は、必ず帚を箕に加え、袂(たもと)を以て帚を擁し、退きつつ帚く。塵を長者に及ぼすこと毋(なか)れ。箕を以て自ら郷かう。席を奉ずるには橋(はし)の如くし、席を請うて何の向きにせん。衽(ふところ)を請うて何の向きにせん。席、南郷・北郷は、西を上と為す。東郷・西郷は、南を上と為す。
飲食の客でない場合は、席を敷き、席と席の間は一丈(約三メートル)とする。主人が跪いて席を整えると、客は跪いて席を押さえ辞退する。客が重ねた席を取り除こうとすれば、主人は固く辞退する。客が席に上がってから、初めて座ることができる。主人が問わなければ、客は先に発言してはならない。席に着こうとする時は、顔色を慌てさせてはならない。両手で衣を引き上げ、下裳から一尺(約三十センチ)離す。衣をはだけさせてはならず、足をみだりに動かしてはならない。
先生の書物や琴瑟が前方にある場合、座ってそれらを移動させる際、越えてはならない。閑坐する時はできるだけ後方に、食事の時はできるだけ前方に座る。坐る時は必ず安稳にし、顔色を保て。年長者が言及していない事柄には、口を挟んではならない。威儀を正し、教えを聞く時は必ず恭敬であれ。他人の説を盗用してはならず、付和雷同してはならない。必ず古に倣い、先王を引き合いに出せ。先生に陪侍して座る時は、先生が問う際、その言葉が終わってから答える。教えを請う時は立ち上がり、内容の追加を求める時も立ち上がる。父が呼ぶ時は「諾」と答えてはならず、先生が呼ぶ時も「諾」と答えてはならない。「唯」と答えて立ち上がれ。尊敬する人に陪侍して座る時は、余分な席を残してはならない。同輩を見かけても立ち上がってはならない。灯火が来れば立ち上がり、食事が来れば立ち上がり、貴客が来れば立ち上がる。灯火が芯の根元まで燃えた時は、それを露わにしてはならない。尊い客の前で犬を叱ってはならない。食事を勧める時は唾を吐いてはならない。
君子に陪侍して座る時、君子があくびをし、伸びをし、杖や履を取り、時刻の早晩を窺うならば、陪侍する者は退出を願い出てよい。君子に陪侍して座る時、君子が別の事を問えば、立ち上がって答える。君子に陪侍して座る時、誰かが「少し暇がございましたら、申し上げたいことがございます」と告げれば、左右の者は退いて待つ。耳を傾けて盗み聞きしてはならず、声高に答えてはならず、目を斜めにして人を見てはならず、怠惰でだらけてはならない。歩く時は傲慢であってはならず、立つ時は偏倚してはならず、座る時は股を開いてはならず、寝る時はうつ伏せになってはならない。髪を束ねてはだけさせてはならず、冠を脱いではならず、疲れても肌を露わにしてはならず、暑い時でも裳をまくり上げてはならない。
年長者に陪侍して座る時、履を堂に上げてはならず、脱ぐ時は階段の前でしてはならない。履を履く時は、跪いて履を取り、退いて脇に寄る。年長者に向かって履を履く。跪いて履を動かし、身をかがめて履く。
席を離れ、立ち位置を離れる時は、その中に参与してはならない。二人が並んで立っている場合、その間を横切ってはならない。男女は雑ざって座ってはならない。衣架や掛け竿を共有してはならない。手拭いや櫛を共有してはならず、直接手渡ししてはならない。嫂と小叔とは互いに問答してはならず、庶母は下衣を洗ってはならない。外の言葉は閨門に入れてはならず、内の言葉は閨門から出してはならない。女子が許嫁したら、纓を結びつける。重大な変故がなければ、その門に入ってはならない。姑、姉妹、娘が既に嫁いで帰って来た場合、兄弟は彼女らと同席して座らず、同じ器で食事を共にしてはならない。父子は同席しない。男女は媒人が往来しなければ、互いに名を知ってはならない。聘礼を受けていなければ、交わり親しんではならない。故に結婚の日付を君主に報告し、斎戒して鬼神に報告し、酒席を設けて郷里の同僚や朋友を集め、その区別を重んじる。妻を娶る時は同姓を娶らない。故に妾を買う時、その姓を知らなければ占う。寡婦の子は、特に秀でたところがなければ、朋友としない。
妻を娶ることを祝う者は、「某が私を遣わしました。御主人に賓客がおありと聞き、礼物をお届けさせます」と言う。貧しい者は財物を礼物とせず、年老いた者は体力を礼物としない。
子に名を付ける時は、国名を用いず、日月の名を用いず、隠れた疾患の名を用いず、山川の名を用いない。
男女の排行は異なる。男子は二十歳で、加冠し字を取る。父の前では、子の名を称し、国君の前では、臣の名を称す。女子は許嫁したら、笄礼を施し字を取る。
凡そ食事の礼儀は、左に骨付き肉を置き、右に純肉を置く。飯は人の左に置き、羹は人の右に置く。細切りの肉と烤肉は外側に置き、酢と醤は内側に置く。葱の末は傍らに置き、酒漿は右に置く。干肉を置く場合、左に曲がったもの、右に真っ直ぐなものを置く。客が身分が低い場合、飯と菜を捧げて立ち上がり辞退する。主人も立ち上がり、客を辞退してから、客は座る。主人は客に祭祀を請う。食物を祭祀する時は、先に進められたものを祭祀する。肉塊の順序に従い、全てを祭祀する。三度飯を食べた後、主人は客に純肉を勧め、それから様々な肉塊を遍く味わう。主人が食べ終わらないうちは、客は口を漱がない。
年長者に陪侍して食事をする時、主人が自ら食物を送れば、拝謝してから食べる。主人が自ら食物を送らなければ、拝謝せずに食べる。
皆で一緒に食事をする時は、自分だけ満腹しようとせず、手をこすってはならない(不浄を示すため)。手で飯を丸めてはならず、飯を食器に戻してはならず、大口に羹を飲んではならず、食物を噛んで音を立ててはならず、骨をかじってはならず、魚肉をひっくり返してはならず、骨を犬に投げてはならない。自分の好物だけを選んで食べてはならず、飯をあおいで冷ましてはならない。黍飯を食べる時は箸を用いてはならない。大口に羹を呑み込んではならず、羹に調味料を加えてはならず、歯を剔ってはならず、肉醤を飲んではならない。客が羹に調味料を加えれば、主人は料理が下手と謝罪し、客が肉醤を飲めば、主人は家が貧しいと謝罪する。湿った柔らかい肉は歯で噛み切るが、乾いた硬い肉は歯で噛まない(手で裂く)。烤肉を一口に呑み込んではならない。食事を終えた後、客は立ち上がり前跪き、飯食を集めて侍者に渡す。主人は立ち上がり辞退し、それから客は再び座る。
年長者と共に酒を飲む時、年長者が酒を差し出しているのを見れば立ち上がり、酒樽のところに行って拝受する。年長者が辞退してから、年少者は席位に戻って酒を飲む。年長者が杯を挙げてまだ飲み干していない場合は、年少者は先に飲んではならない。
年長者が物を賜う時、年少者や地位の低い者は辞退してはならない。国君の前で賜った果物を受ける時、核があるものは核を懐に隠す。国君に侍って食事をする時、国君が余った食物を賜う場合、器が洗えるものであれば、移し替える必要はない。その他の場合は、全て別の器に移し替える。
食べ残した食物は祭祀に用いない。父は子を祭祀せず、夫は妻を祭祀しない。
年長者と共に他人に侍する場合、たとえ二つの食物があっても辞退しない。陪客としても辞退しない。
羹に菜がある場合は箸で取り、菜がなければ箸を用いない。
天子のために瓜を削る時は、四つに切り、細葛布で覆う。国君のために瓜を削る時は、二つに切り、粗葛布で覆う。大夫のために瓜を削る時は、皮を除く。士のために瓜を削る時は、瓜の蒂だけを除く。普通の人は、瓜をそのままかじって食べる。
父母が病気の時は、冠を着ける者は髪を梳らず、歩く時は軽快にせず、言葉は閑散にせず、琴瑟を弾かず、肉を食べるのは味が薄くなる程度に留め、酒を飲むのは顔色が変わる程度に留め、笑う時は歯を露わにせず、怒る時は罵らない。病が癒えてから、元の状態に戻る。憂いのある者は側席に座り、喪のある者は独席に座る。
雨の多い季節には、魚や鼈を献上しない。鳥を献上する者は鳥の首をねじって(啄くのを防ぎ)、鳥を飼う者はその必要はない。車馬を献上する者は馬鞭と手綱を携える。鎧を献上する者は兜を携える。杖を献上する者はその末端を携える。捕虜を献上する者はその右袖を掴む。粟米を献上する者は右の割符を携える。米を献上する者は量鼓を携える。煮熟した食物を献上する者は漬物を携える。田畑や家屋を献上する者は契約文書を携える。凡そ人に弓を贈る場合、張った弓は弓弦を上に向け、弛めた弓は弓背を上に向ける。右手で弓の先端を持ち、左手で弓背を支える。身分の上下を問わず、佩巾を垂らして礼を行う。主人が拝礼したならば、客は身をひるがえしてその拝礼を避ける。主人自ら弓を受け取るには、客の左側から弓背の中央を捉え、客と並び立ってから受け取る。剣を献上するには剣の首を左に向ける。戈を献上するには戈の柄を前に、刃を後ろに向ける。矛や戟を献上するには柄の端を前に向ける。几案や杖を献上するには拭いて清める。馬や羊を献上するには右手で牽き、犬を献上するには左手で牽く。禽鳥を持つには頭を左に向ける。羔羊や雁を飾るには彩色の絹紐を用いる。珠玉を受け取るには両手で捧げ持つ。弓剣を受け取るには袖を以て受ける。玉杯で酒を飲むには揮ってはならない。凡そ人に弓剣、包裹、竹箱などの贈り物を遣わして他人を訪ねる場合、贈り物を持って命令を受け、使者のように儀容を荘厳にする。
凡そ国君の使者となる者は、命令を受けた後、家に一夜を過ごしてはならない。国君の命令が到来したならば、主人は出でて国君が命を下されたことを拝謝し、使者が帰る時には必ず門外まで拝送する。もし人を国君のもとに遣わすならば、必ず朝服を着てから命令を下し、使者が帰還したならば必ず堂を下りて命令を受ける。
見聞広く記憶力強くして譲ることができ、善事に勤めて怠らない者を君子という。君子は人に対して尽歓竭忠を求めず、以て交情を全うする。
『礼』の書に言う、「君子は孫を抱き子を抱かず」と。これは孫が祖父の尸となることができるが、子は父の尸となることができないという意味である。国君の尸となる者に対して、大夫士はこれを見れば車を下りて敬意を表する。国君は某が尸となろうとするを知れば、自ら車を下りて敬意を表し、尸は必ず軾に凭って礼を返す。車に乗る時は必ず几を用いて足を載せる。
斎戒する者は楽を奏せず、弔問しない。
喪に服する礼:哀しみ痩せ細っても骨立つまでには至らず、視力聴力を衰えさせてはならない。上下に階段を用いず、出入りに正門の甬道を用いない。
喪に服する礼:頭に瘡あれば洗髪し、体に瘡あれば入浴し、病あれば酒肉を飲み食いし、病癒えれば元の状態に戻る。もし喪事に耐えずして身体を壊すならば、それは不慈不孝と同じである。五十歳の者は過度に哀毀してはならず、六十歳の者は哀毀してはならず、七十歳の者はただ喪服を身に着け、酒肉を飲み食いし、室内に住むことができる。
生きている者は相見の日をもって(喪期を計算し)、死んだ者は去世の日をもって(喪期を計算する)。
死者の生前を知る者は弔問し、死者本人を知る者は哀悼する。ただ生者を知り死者を知らぬ者は、弔問のみで哀悼しない。ただ死者を知り生者を知らぬ者は、哀悼のみで弔問しない。
弔問して財物を贈ることができなければ、喪家の費用を問うな。見舞いして礼物を贈ることができなければ、病人の需求を問うな。客を見て宿を提供できなければ、客の宿所を問うな。人に物を賜う時は「取りに来い」と言うな。人に物を贈る時は相手の欲するものを問うな。
墓所に行っては墳墓に登るな。出棺を助ける時は必ず絆を執れ。喪礼に参加しては笑うな。人に揖する時は必ずその位置を離れよ。霊柩を見ては歌うな。喪家に入っては早足で歩くな。食事の時に嘆息するな。隣家に喪があれば、舂く時に歌を唱わない。里中に葬があれば、巷で歌わない。墓所に行っては歌わない。哭する日には歌わない。送葬に小道を取らず、葬送に泥濘を避けない。喪礼に参加する時は必ず哀戚の色を有し、絆を執る時に笑わず、楽舞に対して嘆息せず、鎧を着け兜を被る時には犯しがたき色を示す。故に君子は慎み深く、人前で失態をしない。国君が軾に凭って礼をする時、大夫は車を下りて敬意を表し、大夫が軾に凭って礼をする時、士は車を下りて敬意を表す。
礼は庶人にまで下らず、刑罰は大夫にまで上らない。刑罰を受けた者は国君の側にいない。
兵車の上では軾に凭って礼をしない。武車の旌旗は舒べられ、徳車の旌旗は収められる。
史官は筆と簡冊を携え、士は盟誓の文書を携える。
隊伍の前に水があれば、青雀を描いた旌旗を立てる。前に埃があれば、鳴鳶を描いた旌旗を立てる。前に車騎があれば、飛鴻を描いた旌旗を立てる。前に軍隊があれば、虎皮を描いた旌旗を立てる。前に猛獣があれば、貔貅を描いた旌旗を立てる。行軍:前方は朱鳥、後方は玄武、左方は青龍、右方は白虎とする。招摇星の旗を上に掲げ、兵士の怒気を励ます。進退に節度あり、左右に分職あり、各々その職掌を守る。
父の仇とは、天下に共に存せず。兄弟の仇とは、家に帰って兵器を取るを待たず(随時に殺すべし)。友の仇とは、同じ国に居せず。
四郊に多くの敵の営塁があるは、卿大夫の恥である。土地広大にして荒れて治まらざるは、士の恥である。
祭祀に参加して懈怠するな。祭服が古くなれば焼き、祭器が古くなれば埋め、亀甲蓍草が古くなれば埋め、祭祀の犠牲が死ねば埋める。凡そ国君のところで祭祀を助ける者は、必ず自ら祭器を撤する。
卒哭の後、始めて避諱する。礼に、音同じくして字異なる「嫌名」は避けない。二文字の名前は全部を避けない。もし父母に侍したことがあれば、祖父母の名を避け、父母に侍したことがなければ、祖父母の名を避けない。国君のもとでは私諱なく、大夫のもとでは公諱あり。『詩』『書』を誦読する時は避けず、文章を書く時は避けず、宗廟の中では避けない。国君夫人の名諱は、国君の前で対質する時にも、臣子は避けず、婦人の名諱は家門を出ない。大功・小功の親族は避けない。国境に入れば禁忌を問い、都に入れば風俗を問い、人の家に入れば避諱を問う。
外事(軍事・天地祭祀等)には剛日(単日)を用い、内事(宗廟祭祀等)には柔日(双日)を用いる。凡そ日取りを占うに、十日以上を「遠某日」といい、十日以内を「近某日」という。喪事には先ず遠日を用い、吉事(冠婚等)には先ず近日を用いる。占う時に言う、「日のために択ぶ、汝の大亀の霊を借る」「汝の大筮の霊を借る」と。占いは三度を超えず、卜と筮は互いに重複して用いない。
亀甲は卜に用い、蓍草は筮に用いる。卜筮は、先代聖王が民に時日を信じさせ、鬼神を恭敬し、法令を畏れさせるためのものであり、民に疑惑を決し、猶豫を定めさせるためのものである。故に言う、「疑惑あれば筮問し、非議すべからず。日を択びて事を行えば、必ず実行すべし」と。
国君の車が駕されようとする時、僕人は馬鞭を持って馬の前に立つ。車が駕された後、僕人は車軸の端を点検して車が駕されたことを報告し、衣服の塵を払って右から乗り、副えの縄を外し、跪いて車に乗り、馬鞭を持って手綱を分け、馬を駆って五歩進みて止まる。国君が出でて車に乗る時、僕人は手綱を揃えて登車の縄を差し出す。左右の者は退避し、車は馬を駆って速く進む。大門に至り、国君は僕人の手を押さえ、顔を回して車右に命じて乗車させる。門閭や溝渠を過ぎる時、車右は必ず車を下りて歩く。凡そ僕人の礼、必ず登車の縄を人に差し出す。もし僕人の身分が相手より低ければ受け取り、そうでなければ受け取らない。もし僕人の身分が相手より低ければ、相手の手を押さえ(辞譲を示し)、そうでなければ下から登車の縄を受け取る。
客の車は大門に入らない。婦人が車に乗る時は立たない。犬馬は堂に上がらない。
故に君子は老人を見れば軾に拝礼し、卿の朝位を過ぎれば車を下りる。国都に入れば車を馳せず、巷に入れば必ず軾に拝礼す。国君の命により召される時、使者が身分の低い者であっても、大夫・士は必ず自ら迎えねばならぬ。鎧を着た者は拝礼せず、拝礼すれば拙劣に見えるからである。祥車(死者生前の乗車)は左の座を空け、国君の車に乗る時は左の座を空けてはならず、左に座る者は必ず軾に拝礼す。僕が婦人に御する時は、左手を前に、右手を後にす。国君に御する時は、右手を前に、左手を後ろにして俯く。国君は奇邪の車に乗らぬ。車中では大声で咳をせず、勝手に指さしをせぬ。立つ時は視線が車輪五周の距離を超えず、軾に拝礼する時は視線が馬の尾を超えず、振り返る時は視線が車の轂を超えず。国都では竹箒で軽く馬の身を払い、馬を駆らず、塵埃が車の轍を超えぬ。国君は祭祀の牛を過ぎれば車を下り、宗廟を過ぎれば軾に拝礼す。大夫・士は国君の宮門を過ぎれば車を下り、国君の路馬(駕車の馬)を過ぎれば軾に拝礼す。路馬(国君の車馬)に乗る時は、必ず朝服を着て、馬鞭を持ち、登車の縄を渡すこと能わず、左に座る者は必ず軾に拝礼す。路馬を牽いて歩む時は、必ず中路を行く。路馬の食む刈り草を蹴れば、責めを受く。路馬の年齢を数えれば、責めを受く。
