第24出 拾画
第二十四齣 拾画
【金瓏璁】(柳夢梅登場)春の訪れに驚く、誰か我が身の如くあらんや。旅の道中、他の事には一切関心を抱かず。風は蒲桃色の粗布の衣を裂き、雨は杏子色の羅の衫を濡らす。今日は天気晴朗、布団を干せば、なお雲雨の跡が残る。「梨花は春の院にて香りを包み、一年の愁いは心を尽くして思い悩ます。柳の糸の如き愁いの量を知らず、ただ腰を整えて沈郎と痩せを競う。」小生、病に臥せて梅花観の中にあり、幸い陳友が医術に通じており、調理の後、癒えるを得たり。ただここのところ春の思い胸に満ち、心は鬱屈、何処に赴きて憂いを忘るべし。折よく老姑姑が来られた。
【一落索】(老道姑登場)無念なるかな、我が女道士の身、されど書生の心の内を見破る能う。彼の何処よりかくも多くの夢を得たるや。毎日千の欠伸を打たねばならぬ。秀才、御身の体調はいかがか。(柳夢梅)近日病状はやや好転せしも、ただ悶々として座してはおれぬ。広大なる梅花観、まさか園林亭台の娯しみに欠くることあらんや。(老道姑)この後に一つの花園あり。亭台楼閣は荒廃せしも、なお些かの閑花が点綴しておる。暫し君の心を散らすに任せん。されど心を傷めること許さじ。(柳夢梅)どうして心を傷めることがあろうか!(老道姑嘆息)そう言うことよ。自ら遊びに行くが良い。西の廊下より画壁を巡り、百歩の先、これ籬笆門なり。さらに三里の遠きを行けば、皆池塘館舎なり。君、存分に賞玩し、終日を消停に過ごせ。老身の付き添いは要らじ。「名園は客の到るに随い、幽恨は人の知る少なし。」(下場)(柳夢梅)後花園ありとあらば、この道を辿りて行かん。(歩く)これ西の廊下なり。(歩く)何と青々とした籬笆門よ、惜しむらくは半ば架を倒せり。(嘆息)集唐詩:「欄に凭るも仍是玉欄干(王初)、四面の牆垣は忍びて看ず(張隐)。想い得たり当時の好風月(韋庄)、万条の煙罩は一時に乾く(李山甫)」(到る)や、何と大きな園子よ。
【好事近】(柳夢梅)ただ見る風月は暗々と消えゆく、画牆の西、正南の左側にて。(転倒)青苔は滑らかに、我は断牆の低き垛に倚る。何故に蝴蝶門は閉ざされ合うや。元より昔、游客多く、竹に題名を刻みし。游客は来たり、年月多く、千竿の翠竹に悉く刻まれり。咳、早や寒花は階を繞り、荒草は堆を成す。怪しむらくは、一つの梅花観、女道士の住む所、何ぞかくも大いなる園子を築きしや。いと怪しむ。これ一湾の流水ぞ!
【錦纏道】(柳夢梅)門は鎖され、放たるるこの武陵源の如き佳き地。かくも佳き地をして荒廃に任すとは!断煙の中に見ゆる水閣は既に残破し、画船は棄てられ、冷えし秋千にはなお裙帯掛かれり。兵火を経たるに非ず、かくの如き狼藉のありさま、恐らくは断腸の人遠く去り、傷心の事多かりしならん。関心せじと思えど、この湖山石の畔に、君の擦りし跡を遺せり。好し、一つの假山よ。(窺う)や、中に一つの小匣あり。暫し左の一座の峰を支えとし、何の物かを見ん。(石を押し倒す)や、檀香木の匣なり。(匣を開けて画を見る)や、一軸の観音菩薩の善相なり。善哉、善哉!暫し小生、書房に捧げ帰り、頂礼供養せん。ここに埋むるに勝れり。
【千秋歳】(匣を捧げて戻る)小さき山石、檀香木の匣を押さえ、好相の観音の俏麗なる楼閣と為す。この片石峰の前、かの片石峰の前、多くは飛来石、三生の因果なり。請う、香炉の煙の上に過らせ、我、頭を低れて叩拝し、灯火を添え、彼の慈悲に我を見るを照らせ。我ここに心を尽くして供養せん、彼の意下如何。(到る)観中に到り、暫し閣の上に置き、日を選びて展礼せん。(老道姑登場)柳相公、時は遅くなりぬ!
【尾声】(柳夢梅)姑姑よ、我が一生客居、恨み情多し、冷えし園林にて日午を過ごす。老姑姑、汝は心を傷めること許さじと言えり。汝、我がために、必ず心を傷めざる一つの地を、何処に求めんや。
(柳夢梅)僻居は雖愛近林泉(伍喬)、(老道姑)早是傷春夢雨天(韋庄)。(柳夢梅)何処邈将歸画府(譚用之)?(合)三峰花半碧堂懸(錢起)。
