第25出 憶女
第二十五齣 娘を偲ぶ
【玩仙灯】(下女、登場)物を見ては人を偲ぶ、人は去り、物の華やぎも光彩も尽き果てたり。まさに「仙果は長成し難く、名花は凋み易し」と謂うべし。(嘆息)ただ恨むらくは蘭昌に殉ずる由もなく、燭灰香烬を拾い集むるのみ。我は杜府の春香なり。老主人夫妻に従いて揚州に到る。小姐の逝去、既に三年に近し。我が見るに老夫人、一日として偲ばぬ日なく、一日として泣かぬ日なし。仮令、老主人が一時慰めるとも、真の愁いを散じ尽くすこと能わず。老夫人は言うに及ばず、我が春香も小姐の平素の恩義ある養育、病中の言葉を想いて、心傷まざる能わず。今日は小姐の生忌の日に当たり、老夫人は香灯を整え、遥かに南安を望みて祭るよう命じ給う。既に用意整えたり。夫人をお招き申せ。
【前腔】(老夫人、登場)天昏れ地暗く、我が老いの身を安んずる処無し。思い起こせば見知る人も無く、魂を招くにも限りあり。(泣く)我が麗娘児よ!天涯に老命保ち難く、断たれし肝腸は寸寸に裂く。〖蘇幕遮〗「山嶺雲沈み、関塞樹遠し。(春香)春の思い頼り無く、人の若きを断ち送る。(老夫人)母子千回、腸断れて絡み纏う。繍の袷、書の嚢、なお余香嫋嫋と残す。(春香)瑞烟清く、銀烛皎たり。(老夫人)繍仏の霊辰、血泪風前にて祈り祷る。(泣く)(合)万里魂を招きて、魂到る可けんや?願わくは人天清浄の処にて早く超生せよ。」(老夫人)春香よ、小姐が逝きしより此の方、我が身は皮骨のみ空しく存し、肝腸は痛み尽くせり。ただ彼女が読み残せし書本、繍い終えし花枝、断粉残香、遺簪棄履を見る毎に、目に触るる処涙無きは無く、見る毎に心傷まざる無し。算うるに去ること三年、また生辰の日に当たる。心香を仏に奉り、涙烛天を浇ぐ。用意を命じしが、既に整いしならん。(春香)夫人、此のまま天に向かい礼拝遊ばせ。(老夫人拝す)〖集唐〗「微香冉冉として泪涓涓たり李商隠。酒滴灰香去年に似たり陸亀蒙。四尺の孤坟何れの処にか是なる許渾?南方に帰り去りて再生の天に生ず沈佺期。」杜安抚の妻甄氏、恭しく亡き女の生辰の為に、仏祖に礼拝す。願わくは杜麗娘、仏力に帰依し、早く天に昇らんことを。(立ち上がる)春香よ、仏祖に祷り終えぬれば、此の茶飯を小姐に浇ぎ祭らん。
【香罗带】(老夫人)麗娘何れの処にか坟は?天に問えども問い難し。夢中に相見て眼は昏るるに得たり、只聞こゆるは娘と叫ぶ声と韻、驚き跳ね起き、猛く身を回らせば、只見る陰風幾陣、残灯の暈。(泣く)我が麗娘人児よ、何ぞ万里に児無き白髪の双親を抛ち棄てたる!
【前腔】(春香拝す)名香玉真に叩く、恩を受くること尽きず。賞春香はなお汝が旧羅裙なり。(立ち上がる)小姐の去りに臨み給いし時、春香に命じ、長く叫喚せよと。今日彼女を呼ぶ、「小姐、小姐よ」と、叫ぶ一声一声の小姐、聞こえ給うや?(老夫人、春香泣く)(合)想うに彼が情切なる、其の傷神、恨むは老天、天生と我が娘の恩情を断ち切るに忍びたるを!(春香振り返る)我が小姐人児よ、汝なお旧宅の何れの処にか重生の身を得る?(春香跪く)老夫人に申し上げます。人は中年に至り、哀傷に耐え難く損なわるるもの。小姐は生を以て死に換え難く、夫人は死に因りて生を傷むること無からん。暫く尊年を養い調え、老相公と同じく富貴を享けさせ給え。(老夫人泣く)春香よ、汝は知るや、老相公、近年子を欠くが故に、常に妾を娶らんとの意あるを?ただ小姐が膝下に歓びを承け、百事因循せしのみ。今や小姐喪われ、家門託す所無し。我と老相公、悶懐相対して、如何にして情と為すべき?天よ!(春香)老夫人、春香愚鈍にして敢えて賢明を諫めず。夫人の言に依れば、老相公に妾を娶らんとの意有らば、之に従い、一人を娶りて子を為すに如かず。(老夫人)春香よ、汝は人の庶出の子を見るに、嫡出に比す可けんや?(春香)春香はただ夫人の養育を蒙り、尚お非親にして親に似たり。夫人肯んじて庶出を以て嫡出と見做さば、豈に子無くして子有るに非ずや?(老夫人)善き言葉、善き言葉。
(老夫人)曾て残蛾に伴いて女兒に到る徐凝 (春香)白楊今日幾人か悲しむ杜甫 (老夫人)須く知るべし此の恨み消し難きを温庭筠 (合)泪滴る寒塘の蕙草の時廉氏
