
難経
『難経』 原名を『黄帝八十一難経』といい、中医学の四大古典の一つである。戦国時代の名医・扁鵲(秦越人)の作と伝えられる。全編は問答形式で、『黄帝内経』の中でも深遠あるいは詳述されていない八十一個の医学理論問題について、平易かつ深遠に解釈と展開を施している。『内経』の核心思想を継承するだけでなく、その上で多くの革新をもたらし、中医理論体系の形成と発展において欠かすことのできない重要な基盤である。
内容構成としては、『難経』は「難」ごとに篇を分け、全八十一難から成る。第一難から第二十二難までは脈学を専門に論じ、第二十三難から第二十九難までは経絡理論を述べ、第三十難から第四十七難までは臓腑の生理病理を剖析し、第四十八難から第六十一難までは各疾病の病因と証候を探求し、第六十二難から第六十八難までは腧穴の知識を解説し、第六十九難から第八十一難までは刺鍼の手法と補瀉の原則に専念する。全編の篇幅は長くないが、一字一句が珠玉のごとく、系統性に極めて富んでいる。
『難経』は中医脈学において画期的な貢献を成した。初めて明確に「独り寸口を取る」という診脈法を提唱し、『黄帝内経』に記された全身の脈象を遍く診る煩雑な方法を、手首の寸口脈(すなわち橈骨動脈の拍動部位)のみを按じる簡便なものに簡略化し、「寸口は脈の大会なり」という理論的根拠を示した。この創挙は臨床診断の操作を大幅に簡略化しただけでなく、後世の中医学における切脈の核心的な規範を確立し、今日に至るまで広く応用されている。
さらに、本書は臓腑と命門の学説においても多くの創見を示している。人体解剖の度量や重量を詳細に記述し、初めて「左腎右命門」の学説を唱え、「命門」を人体生命の火の源であり先天の本と見なした。鍼灸の分野では、「迎随補瀉」「子母補瀉」など重要な刺鍼理論を提起し、中医鍼灸学の治療手段と理論体系を一層豊かにした。
歴代の医家は『難経』を非常に尊び、三国時代の呉普から歴代の多くの注釈家に至るまで、詳細な註疏を著した。『黄帝内経』と相まって輝きを放ち、中医学の奥義を探求するための必読書と見なされている。脈学、経絡、臓腑理論における多くの革新は、今日に至るまで中医の臨床実践を導き、永遠の学術的価値を示している。
