第八十九回 武郷侯四番用計 南蛮王五次遭擒
第八十九回 武郷侯、四度計を用い 南蛮王、五度擒えられる
ここに諸葛亮、みずから小車を駆り、数百の騎兵を率いて先路を探る。前方に一条の河あり、名を西洱河という。水勢は緩やかなれども、船も筏も一つとしてない。諸葛亮、木を伐り筏を作りて渡河せよと命ずるも、その木、水に入るやみな沈みぬ。ここにおいて諸葛亮、呂凱に問う。呂凱曰く、「聞く、西洱河の上流に一山あり。山に竹多く、大なるものは数囲の太さありと。人を遣わして竹を伐り、河上に竹橋を架し、もって軍を渡すべし」と。諸葛亮、すみやかに三万人を調遣し、山に入らせ竹を数十万本伐らせ、水流に従って下らせ、河の狭きところに竹橋を架す。広さ十数丈なり。ここにおいて大軍を河北岸に一字に並べて営寨を安んじ、河水を以て壕と為し、浮橋を以て寨門と為し、土を積みて城壁を築く。橋を渡りて南岸に至れば、一字に並べて三つの大営を安んじ、もって蛮兵を待つ。
ここに孟獲、数十万の蛮兵を率い、満腔の怒りを懐きて来たる。西洱河に近づくや、孟獲、前部一万の刀牌獠丁を率い、まさに前寨に迫り挑戦す。諸葛亮、綸巾を頭に戴き、鶴氅を身にまとひ、羽扇を手にし、四馬の車に乗り、左右の衆将に簇み従われて出づ。諸葛亮、孟獲の身に犀皮の甲を着け、頭に朱紅の盔を戴き、左手に盾を持ち、右手に刀を握り、赤毛の牛に騎り、口中に罵るを見る。手下の一万余りの洞丁、各々刀牌を揮い、往来衝殺す。諸葛亮、あわてて本寨に退くを命じ、四面に寨門を閉ざし、出戦を許さず。蛮兵、みな上半身を露わにし、赤き身体にて、まさに寨門の前に来たり罵る。衆将、怒りを極め、みな諸葛亮に禀して曰く、「我ら、願わくば寨を出でて決死の戦いをなさん」と。諸葛亮、許さず。衆将、再三出戦を欲す。諸葛亮、これを制して曰く、「蛮方の人、朝廷の教化に遵わず。今次の来たりしは、狂妄凶悪の気勢まさに盛んなり。迎え撃つべからず。しばらく堅守すること数日、彼の猖獗の気勢やや緩むを待ち、我に妙計ありて彼を破らん」と。
ここにおいて蜀兵、数日間堅守す。諸葛亮、高きところにて偵察し、蛮兵の多くすでに懈怠せるを見、ここにおいて衆将を召して曰く、「汝ら、戦うことを敢えてせんか」と。衆将、欣欣然として出戦を欲す。諸葛亮、先ず趙雲、魏延を帳中に呼び入れ、その耳に低く吩咐し、然る如く然る如くを安排す。二人、計を受け先に出発す。又、王平、馬忠を呼び入れ帳中にて計を受けしむ。又、馬岱に吩咐して曰く、「我、今この三つの営寨を棄て、河北に退かん。我が軍退くや、汝浮橋を壊し、下流に移し、然る後趙雲、魏延の軍馬を渡し河を過ぎて来たり応接せしめよ」と。馬岱、計を受け去る。又、張翼に曰く、「我が軍退きし後、寨中に多く灯火を設くべし。孟獲、これを知らば、必ず追いて来たらん。汝、後を断つべし」と。張翼、計を受け退く。諸葛亮、ただ関索をして車両を護らしむ。衆軍退き、寨中に多く灯火を設く。蛮兵、これを望み、衝殺することを敢えず。
翌日、夜明けに及び、孟獲、大隊の蛮兵を率いてまさに蜀の営寨に到るや、ただ三つの大寨を見るに、みな人馬なく、中に糧草車仗数百輛を棄ててあり。孟優曰く、「諸葛亮、寨を棄て逃走す。はたして計策あるにあらざるか」と。孟獲曰く、「我、諸葛亮の輜重を棄てて去るを料るに、必ず国中に緊急の事あるによるならん。呉の侵犯にあらずんば、魏の進攻ならん。故に虚しく灯火を設け疑兵と為し、車両仗具を棄てて逃走す。速やかに追うべし。機会を失うべからず」と。ここにおいて孟獲、みずから前部を駆り、まさに西洱河の辺に到る。河北岸を望むに、寨中に旗幟整然として旧の如く、雲錦の如く燦然たり。河沿いに、又錦城を設けたり。蛮兵の哨探、これを見るや、みな敢えて進まず。孟獲、孟優に謂いて曰く、「これは諸葛亮、我が追うを恐れ、故に河北岸に少しく停まり、二日を出でずして必ず逃れんとするなり」と。ここにおいて蛮兵を河岸に駐め、又人を山上に遣わし竹を伐り筏を作らせ、渡河を準備す。却って敢戦の兵を、みな寨前に移す。知らず、蜀兵すでに己が境内に入りしを。
この日、狂風大いに起こる。四方八面、火光明亮、鼓声震響し、蜀兵殺到す。蛮兵獠丁、自ら相衝撞践踏す。孟獲、大いに驚き、あわてて宗族洞丁を率い、一条の路を殺し開き、まさに旧寨に奔らんとす。忽然として一隊の軍馬、寨中より殺し出づ。是、趙雲なり。孟獲、慌てて西洱河に逃れ帰り、山僻のところに往きて逃走す。又一隊の軍馬殺し出づ。是、馬岱なり。孟獲、残兵敗将数十を残すのみ。山谷の中に逃げ入る。南、北、西の三処に塵土火光を見るにより、敢えて進ます、ただ東に奔り逃る。まさに山口を転ずるや、一大片の林の前に、数十の随従、一輛の小車を引くを見る。車上に端坐するは諸葛亮なり。呵呵大笑して曰く、「蛮王孟獲!天、汝をしてここに敗れしむ。我、すでに待つこと久し!」と。孟獲、大いに怒り、左右に顧みて曰く、「我、この人の詭計に中れり。辱めを受くること三度。今、幸いにここに遇う。汝ら、力を奮い前進し、人も車もろとも粉々に碎け!」と。数騎の蛮兵、猛力に前進す。孟獲、先頭に立ち喊し、大いなる林の前に搶入るや、ぷうと一声、陷坑を踏み、一斉に塌倒す。大いなる林の中より、魏延転じ出で、数百の軍士を率い、一人一人引き出し、縄をもって縛す。諸葛亮、先ず寨中に到り、蛮兵及び各甸の酋長洞丁を招安す。この時、大半はすでに本郷に帰りぬ。死傷せる者を除くの外、其余、みな来たり降る。諸葛亮、酒肉を以てこれをもてなし、好言を以て撫慰し、ことごとく放ち還す。蛮兵、みな感嘆して去る。
しばらくして、張翼、孟優を押解して到る。諸葛亮、これを教誨して曰く、「汝が兄、愚昧にして糊塗なり。汝、当に諫むべし。今、我に捉えられること四度。何の面ありてか人に見えん!」と。孟優、羞恥満面、地に跪きて免死を哀れみ求む。諸葛亮曰く、「我、汝を殺すは今日に在らず。暫く汝が命を宥し、汝が兄を勧めしめん」と。武士に命じその縄を解き、孟優を放ち起こす。孟優、泣きて拝謝し去る。しばらくして、魏延、孟獲を押解して到る。諸葛亮、大いに怒りて曰く、「汝、今回又我に捉えられたり。何の言かあらん!」と。孟獲曰く、「我、今誤って詭計に中れり。死すといえども瞑目せず!」と。諸葛亮、喝して武士に命じ推し出して斬らんとす。孟獲、懼色なく、顧みて諸葛亮を見て曰く、「もし敢えて再び我を放ち帰さば、必ず四度擒えられしの仇を報いん!」と。諸葛亮、大笑し、左右に命じその縄を去らせ、酒を賜いて驚きを鎮め、帳中に坐せしむ。諸葛亮、問いて曰く、「我、今四度礼を以て遇す。汝、なお服せず。何ぞや?」と。孟獲曰く、「我、化外の人と雖も、丞相のごとく専ら詭計を用うるにあらず。我、いずくんぞ肯んじて服せんや」と。諸葛亮曰く、「我、再び汝を放ち帰さん。なお戦うことを得るか?」と。孟獲曰く、「丞相、もし再び我を拿らば、我、その時、心を傾け服し、本洞の物品を尽く献じもって軍を犒い、再び叛かじと誓わん」と。
諸葛亮、すなわち笑いてこれを遣りぬ。孟獲、喜びて拝謝し去る。ここにおいて各洞の壮丁数千人を聚め、南に向かい曲折して行く。早くも塵の起こる処を望めば、一隊の兵到る。是、兄弟孟優、残兵を重整し、兄の仇を報ぜんと来たるなり。兄弟二人、抱頭痛哭し、前事を訴う。孟優曰く、「我が軍、屡々敗れ、蜀兵、屡々勝つ。当たり難し。ただ山陰の洞中に就き、退き避け出でず。蜀兵、暑気に耐えず、自ずから退かん」と。孟獲、問いて曰く、「いずくにか避くべき?」と。孟優曰く、「ここより西南に一洞あり。名を秃龍洞と曰う。洞主、朵思大王、我と交わり厚し。往きて投ぜんことを得べし」と。
そこで孟獲は先に孟優を秃龍洞に行かせ、朵思大王に面会させた。朵思は慌てて洞兵を率いて出迎え、孟獲が洞に入り、礼を終えて、先の事情を述べた。朵思は言った。「大王、ご安心ください。もし蜀の兵が来たなら、一人一騎も故郷に帰さず、諸葛亮もろともここで死なせてやりましょう!」孟獲は大いに喜び、朵思に計略を尋ねた。朵思は言った。「この洞には二つの道しかありません。東北の道は、大王が来られた道で、地形は平らで土は厚く水は甘く、人馬が通れます。もし木や石で洞口を塞いでしまえば、百万の兵がいても入って来れません。西北には道がありますが、山は険しく嶺は悪く、道は狭い。その中に小道はありますが、多くは毒蛇や悪い蠍が潜んでいます。黄昏時には煙瘴がひどく立ち込め、巳時、午時になってようやく収まり、未時、申時、酉時の三つの時だけ往来できます。水は飲めず、人馬は通り難い。ここにはさらに四つの毒泉があります。一つは啞泉で、その水は甘いのですが、人が飲めば言葉を失い、十日を経ずして必ず死にます。二つ目は滅泉で、その水は熱湯と変わりなく、人がこれで体を洗えば皮肉は爛れ、骨が見えて必ず死にます。三つ目は黒泉で、その水はやや清らかですが、人がこれを浴びれば手足が黒くなって死にます。四つ目は柔泉で、その水は氷のようで、人が飲めば喉に暖かさがなく、体は綿のように弱って死にます。ここには虫も鳥もおらず、漢の伏波将軍だけがかつて訪れたことがあります。それ以来、再び一人としてここに来た者はありません。今、東北の大路を塞ぎ、大王に安んじて我が洞に住んでいただきましょう。もし蜀の兵が東路の断たれたのを見れば、必ず西路から入って来るでしょう。道中に水はなく、この四つの泉を見れば必ず水を飲みます。百万の兵がいようとも、生きて帰る道はありません。どうして刀兵を用いる必要がありましょうか!」孟獲は大いに喜び、手を額に当てて言った。「今日こそ、身を置く場所を得た!」さらに北を指して言った。「諸葛亮の神機妙算も、施すことはできまい!四泉の水は、兵敗の仇を報いるに足る!」これ以降、孟獲と孟優は終日、朵思大王と酒宴を共にした。
さて孔明は、数日間孟獲が兵を出さないのを見て、軍令を下し大軍を西洱河から離れ、南へ進発させた。この時は六月の炎熱の季節で、熱さは火のようであった。後世、人が詩を作って南方の酷暑を詠んだ。詩に言う。
山沢は焦げ枯れんとし、火光は太虚を覆う。
天地の外を知らず、暑気はまた如何に。
また詩に言う。
赤帝が権柄を司り、陰雲は生ずるを敢えず。
雲蒸して孤鶴喘ぎ、海熱して巨鰲驚く。
忍びて舍てて渓辺に坐し、慵れて拋つ竹裏に行くを。
如何ぞ沙塞の客、擐甲して復た長征する。
孔明が大軍を統率して行進していると、突然、斥候が飛ぶように報告した。「孟獲は禿龍洞に退き、出てきません。洞の口の要害の道は石で塞がれ、中には兵が守っています。山の勢いは険しく嶺は峻険で、進むことができません。」孔明は呂凱を招いてこのことを尋ねた。呂凱は言った。「私はかつてこの洞に一つの道があると聞きましたが、詳細は実は知りません。」蒋琬は言った。「孟獲は四度捕らえられ、胆を潰しております。どうして再び出て来られましょうか。ましてや今は天候が炎熱で、軍馬は疲れており、征討しても利はありません。軍を退却させて国に帰るのが良策かと。」孔明は言った。「もしそうすれば、まさに孟獲の計略に嵌ることになる。我が軍が退却すれば、彼は必ず勢いに乗じて追撃してくる。今ここまで来て、どうして再び引き返すことができようか!」そこで王平に数百の軍士を率いて前鋒とさせ、新たに投降した蛮兵に道案内をさせ、西北の方角の小道を探して進んだ。前方に一つの泉があり、人馬は皆喉が渇いて、争ってその水を飲んだ。王平がこの道があることを探り当て、孔明に報告した。大寨に着いた時には、これらの者は皆言葉を発することができず、ただ口を指さすばかりであった。
孔明は大いに驚き、毒に当たったことを知り、自ら小車に乗り、数十人を連れて見に行った。一つの清らかな潭水があり、深さは底が見えず、水気は冷たく、軍士は試しに飲もうとしなかった。孔明は車を降り、高みに登って眺めると、四方は山や峰、嶺ばかりで、鳥の声すら聞こえず、心中大いに疑わしく思った。ふと遠くの山岡の上に、一つの古廟があるのを見た。孔明は蔓草や葛を攀じって行き、石造りの一室の中に、一人の将軍が端座して塑像されているのを見た。傍らに石碑があり、漢の伏波将軍馬援の廟であった。蛮族を平定してここに至り、土地の者が廟を建てて祀ったのである。孔明は二度拝して言った。「我、諸葛亮は先帝の託孤の重責を承り、今、聖旨を奉じ、ここに蛮族を平定せんとす。蛮方を平定した後に、魏国を討ち東呉を併合し、再び漢室を安定させんと欲す。今、軍士は地理に慣れず、誤って毒水を飲み、声を出せずなりぬ。万望、尊神、本朝の恩義を思い、霊を顕し聖を通じ、三軍を護り給え!」
祈り終え、廟を出て土地の人を探して尋ねようとした。ぼんやりと向かいの山の上に、一人の老翁が杖をついて歩いて来るのが見えた。形貌は非常に異様であった。孔明は老翁を廟に招き入れ、礼を終え、石の上に向かい合って座った。孔明が尋ねた。「ご老人、ご尊姓は?」老翁は言った。「老夫は久しく大国の丞相の高名を聞き及び、幸いにもお目にかかるを得ました。蛮方の人々は、丞相の命を全うさせて頂き、皆感謝してやみません。」孔明が泉のことを尋ねると、老翁は答えて言った。「軍士が飲まれた水は、啞泉の水でございます。飲めば言葉を発し難くなり、数日で死にます。この泉の他に、さらに三つの泉がございます。東南に一つの泉がございますが、その水は極めて冷たく、人が飲めば喉に暖かさがなく、体は弱って死にます。名を柔泉と申します。正南に一つの泉がございまして、人がこれを浴びれば手足が黒くなって死にます。名を黒泉と申します。西南に一つの泉がございまして、沸騰して熱湯のようで、人がこれで洗えば皮肉が剥がれ落ちて死にます。名を滅泉と申します。この地にはこの四泉があり、毒気が集まり、薬で治すことはできません。また煙瘴が非常に強く、未時、申時、酉時の三つの時だけ往来できます。その他の時は、瘴気が立ち込め、触れれば死にます。」
孔明は言った。「そうであれば、蛮方は平定できぬ。蛮方が平定できねば、どうして東呉や魏国を併呑し、再び漢室を興すことができようか。先帝の託された重責に背き、生きるも死するに如かず!」老翁は言った。「丞相、ご心配には及びませぬ。老夫が一つの場所を指し示し、これを解くことができます。」孔明は言った。「老丈、どのような高見か、ご教示願います。」老翁は言った。「ここから真西に数里行き、一つの谷がございます。中に入ること二十里、一つの渓がございまして、万安渓と申します。その上に一人の高士がおり、万安隠者と号しております。この人は数十年、渓を出たことがございません。その草庵の後に一つの泉がございまして、安楽泉と申します。人がもし毒に当たれば、その水を汲んで飲めば治癒します。もし人が疥癬を患い、あるいは瘴気に感染すれば、万安渓で洗えば、自然に問題はございません。加えて庵の前に一種の草がございまして、名を『薤葉芸香』と申します。人が口に一片を含めば、瘴気に染まることはございません。丞相、急ぎ行って求めるのが宜しゅうございます。」孔明は礼を述べて謝し、尋ねた。「このような救命の大徳を蒙り、感謝してやみません。どうかご尊姓をお教えください。」老翁は廟の中に入り、言った。「我はこの土地の山神なり。伏波将軍の命を奉じ、特に来たりて導く。」言い終えると、大喝一声、廟の後の石壁を押し開けて中に入って行った。孔明は驚き怪しみ、再び廟神に礼を述べ、旧道に沿って車に乗り、大寨に帰った。
翌日、孔明は線香と礼物を準備し、王平と众多の哑軍を率いて、夜を徹して山神の指示した場所へと曲折した道を進んだ。谷の小道に入り、およそ二十数里行くと、見上げるような松や柏の木、生い茂る竹や珍しい花々が一つの荘園を囲んでいた。籬の内側には数軒の茅屋があり、鼻を打つ香りが漂っていた。孔明は大いに喜び、荘の前に行き門を叩くと、一人の小童が出てきた。孔明が名乗ろうとすると、先に一人の人物が、竹冠をかぶり草鞋を履き、白い袍に黒い帯、碧眼黄髪で、喜んで出てきて言った。「来たのは漢の丞相ではないか?」孔明は笑って言った。「高士はどうしてご存知で?」隠者は言った。「久しく丞相の大旗が南征すると聞いておりました。どうして知らないことがありましょう!」そして孔明を招いて草堂に入れた。礼を済ませ、主賓の席に着いた。孔明は彼に告げて言った。「我が諸葛亮は昭烈皇帝から託孤の重責を賜り、今、後継ぎの君主の聖旨を奉じ、大軍を率いてここに至り、蛮邦を降伏させ、王化に帰順させようとしています。ところが孟獲が洞窟に潜み、軍士が誤って哑泉の水を飲んでしまいました。昨夜、伏波将軍が霊験を現し、高士が薬泉を持っておられると申しました。どうかご憐れみを垂れ、神水を賜り、衆兵の命をお救いください。」隠者は言った。「老夫はただの山野の無用の者に過ぎません。何ぞ丞相がわざわざお越しになる労を取られることがありましょう。この泉は庵の裏手にございます。」そして童子に命じて彼らを連れて行き、飲ませた。
そこで童子は王平ら一隊の哑軍を率いて渓辺に至り、水を汲んで彼らに飲ませた。するとすぐに悪心を催す涎を吐き出し、言葉を発することができるようになった。童子はまた衆軍を率いて万安溪で沐浴させた。隠者は庵の中で柏子茶や松花菜を用意し、孔明をもてなした。隠者は彼に告げて言った。「ここの蛮洞には多くの毒蛇や悪蝎がおり、柳の花が溪泉の間に舞い落ちると、水は飲めなくなります。ただ地を掘って泉とし、その水を汲んで飲むのが良いのです。」孔明が「薤葉芸香」を求めたところ、隠者は衆軍に思うままに摘ませた。「一人一枚の葉を口に含めば、自然と瘴気に侵されることはありません。」孔明は隠者の名を尋ねて拝した。隠者は笑って言った。「私は孟獲の兄、孟節でございます。」孔明は驚いた。隠者はまた言った。「丞相は疑われませぬよう、どうか一言お聞きください。私は同じ父母から生まれた三人のうちの一人で、長兄が私、孟節。次が孟獲、三が孟優でございます。父母は共に他界いたしました。二人の弟は強悍で凶悪、王化に帰順しようとしません。私は何度も諫めましたが聞き入れず、故に名を変え姓を改め、ここに隠棲しております。今や不肖の弟が反逆し、またも丞相を煩わせてこの不毛の地に深く入らせ、このような辛苦をかけております。孟節、万死に値する身にございます。まずは丞相に罪を謝しとうございます。」孔明は嘆息して言った。「まさに盗跖と下惠の故事が今もあるとは。」そして孟節に言った。「私は奏上して天子に申し上げ、あなたを王に立てましょう。よろしいか?」孟節が言った。「功名を嫌ってここに逃れてきた身、どうして富貴を貪る心がありましょう!」孔明はそこで金银や絹の礼物を用意して贈った。孟節は固辞して受け取らなかった。孔明は嘆息してやまず、別れを告げて帰った。後に人が詩を作って言った。
高士幽棲独り関を閉ざし、武侯曾て此に諸蛮を破る。今に至るまで古木人なき境、猶ほ寒烟旧山を鎖する有り。
高士は幽かに棲み独り関を閉ざし、武侯はかつてここで諸蛮を破った。
今日に至るまで古木の人のいない境には、なお寒烟が旧山を鎖している。
孔明は大寨に帰り、軍士に命じて地を掘って水を求めた。二十数丈掘っても、一滴の水もなかった。合わせて十数か所掘ったが、すべて同じであった。軍心は慌てふためいた。孔明は夜半に香を焚き、上天に祈って言った。「我が諸葛亮は才能足らず、漢の福に頼り、命を受けて蛮族を平定しています。今、途中で水が尽き、軍馬は渇いております。もし上天が漢を絶やさぬなら、どうか甘泉を賜え!もし気運が既に終わっているなら、我が諸葛亮らはここで死を覚悟いたします!」その夜の祈りが終わると、明け方に見に行くと、全ての井戸に満ちた甘泉が得られた。後に人が詩を作って言った。
国の為に蛮を平らげ大兵を統べ、心は正道に存して神明に合う。耿恭井を拝して甘泉出で、諸葛誠虔にして水夜に生ず。
国のために蛮を平定し大軍を統べ、心は正道に存して神明に合う。
耿恭は井戸を拝して甘泉が湧き出、諸葛亮は誠実で水が夜に生じた。
諸葛亮の軍馬は甘泉を得た後、安んじて小路を直接に秃龍洞の前に進み、陣を営んだ。蛮兵がこのことを探知し、孟獲に報告して言った。「蜀兵は瘴気の毒に染まらず、また渇きの憂いもなく、全ての泉が効き目を現しません。」朵思大王はこれを聞いて信じず、自ら孟獲と共に高い山に登って見渡した。蜀兵が安んじて何事もなく、大桶や小桶で水を運び、馬に水を飲ませ、飯を炊いているのを見た。朵思はこれを見て、毛が逆立ち、振り返って孟獲に言った。「これは神兵だ!」孟獲が言った。「我ら兄弟二人で蜀兵と決戦し、軍の前に死すると雖も、どうして束手して捕らえられようか!」朵思が言った。「もし大王が敗れれば、我が妻子も終わりです。牛を殺し馬を屠り、洞中の兵を手厚く賞し、水火を顧みず、蜀の陣営にまっすぐ突入すれば、勝ちを得られるでしょう。」
そこで蛮兵を手厚く賞した。出発しようとしたところ、忽然と洞の後方の西側、銀冶洞の二十一洞主楊鋒が三万の兵を率いて助太刀に来たとの報せがあった。孟獲は大いに喜び言った。「隣の兵が我を助けに来た。我は必ず勝つ!」すぐに朵思大王と共に洞を出て迎えた。楊鋒は兵を率いて入って来て言った。「我が精兵三万、皆鉄甲をまとい、山を飛び越え谷を越えることができ、蜀兵百万に匹敵します。五人の息子がおり、皆武芸は十分です。願わくは大王を助けたく存じます。」楊鋒は五人の息子に命じて入って拝謁させた。いずれも彪躯虎体、威風凛凛としていた。孟獲は大いに喜び、そこで宴を設けて楊鋒父子をもてなした。酒が半ばに進んだ時、楊鋒が言った。「軍中には楽しみが乏しく、我が軍に蛮族の女がおり、刀牌を舞うのを得意としております。一笑に供したいと存じます。」孟獲は喜んで同意した。しばらくして、数十人の蛮族の女が、皆髪を振り乱し、裸足で、帳の外から舞いながら入って来た。衆蛮人は手を打ち歌を歌ってこれに和した。楊鋒は二人の息子に命じて酒を勧めさせた。二人の息子は杯を孟獲、孟優の前に差し出した。二人は杯を受け取り、飲もうとしたその時、楊鋒が一声大喝すると、二人の息子は既に孟獲、孟優を捉え下座に引きずり下ろしていた。朵思大王が逃げようとしたところ、既に楊鋒に捕らえられていた。蛮族の女たちは帳の前に立ちはだかり、誰も近づくことができなかった。孟獲が言った。「兎死して狐悲しむ、物は其の類を傷む。我と汝は共に各洞の主、往日に怨みは無い。何故我を害するのか?」楊鋒が言った。「我が兄弟子侄は皆、諸葛丞相の活命の恩に感謝し、報いるすべがありません。今、汝が反逆するならば、何故捕らえて献上しないのか!」
そこで各洞の蛮兵は、皆故郷へと走り帰った。楊鋒は孟獲、孟優、朵思らを孔明の陣中に押し送った。孔明は入るよう命じ、楊鋒らは帳の下で叩拝して言った。「我らの子侄は皆、丞相の恩徳に感謝し、故に孟獲、孟優らを捕らえて献上いたします。」孔明は彼らを手厚く賞し、孟獲を引き入れるよう命じた。孔明は笑って言った。「汝、今度は心服したか?」孟獲が言った。「汝の手柄にあらず、我が洞中の者が自ら相害したるにより、かくの如きに至ったのみ。殺さんと欲せば殺せ、ただ服せず!」孔明が言った。「汝は我を水なき地に騙し入れ、更に哑泉、滅泉、黑泉、柔泉のような毒物を用いたが、我が軍は安んじて害無きは、天意にあらずして何か?汝、何故かくも執迷して悟らざるのか?」孟獲がまた言った。「我は祖々銀坑山中に居り、三江の険、重関の固さ有り。汝、もし彼の地にて我を擒にせば、我は子子孫孫、心を傾け服従せん。」孔明が言った。「我、再び汝を放ち帰らせ、兵を整え直し、我と一戦して勝敗を決せん。もしその時に擒にせば、汝なお服せざれば、九族を滅ぼさん。」左右に命じてその縄を解き、孟獲を立ち上がらせた。孟獲は再拝して去った。孔明はまた孟優と朵思大王も縄を解き、酒食を与えて驚きを鎮めた。二人は恐れ、正視することもできなかった。孔明は馬を用意して送り返させた。正に、
深き険地に入るは容易ならず、更に奇謀を展ぶること豈偶然ならんや!
深き険地に入るのは容易ではなく、さらに奇謀を展げるのはどうして偶然であろうか!
孟獲が再び兵を整えて来るか、勝負はいかに、且く下文の分解を見よ。
