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三国演義

第九十回 駆巨獣六破蛮兵 焼藤甲七擒孟獲

第 90 篇

第九十回 巨獣を駆りて六度蛮兵を破り 藤甲を焼きて七度孟獲を擒える

さて孔明は孟獲らの人々を放免し、楊鋒父子は皆官爵を授けられ、洞兵には手厚く賞賜が与えられた。楊鋒らは拝謝して去って行った。孟獲らは夜を徹して銀坑洞へ逃げ帰った。その洞の外には三本の川がある。即ち、瀘水、甘南水、西城水である。三つの水路が合流するので、三江と呼ばれる。その洞の北側は平坦な地に近く、方円三百余里、物産が豊かである。洞の西側二百里の所に塩井がある。西南側二百里は、瀘水、甘南水に直通している。正南側三百里は、梁都洞であり、洞の中に山があり、その洞を環抱している。山からは銀鉱が産出するので、銀坑山と名付けられている。山中には宮殿楼台が建造され、蛮王の巣窟とされている。その中に祖廟が一宇建てられ、「家鬼」と呼ばれている。一年四季、牛馬を屠って祭祀し、「卜鬼」と名付けている。毎年、常に蜀の人間や外地の人を用いて祭祀する。もし人が病気になれば、薬を飲もうとせず、ただ巫師に祈祷を依頼するのみで、これを「薬鬼」という。その地には刑法がなく、罪を犯せば即座に斬首する。女子が成人すれば、溪水の中で沐浴し、男女は互いに雑じり合い、思うままに組み合うのを任せ、父母は禁じない。これを「学芸」という。年歳、雨水が調和して均等ならば、稲穀を植える。もし収穫が良くなければ、蛇を殺して羹とし、象を煮て飯とする。各地域において、上等の戸を「洞主」と呼び、次等を「酋長」と呼ぶ。毎月朔日と十五日の両日、全て三江城中で売買し、物品を交換する。その風俗はこのようなものである。

さて孟獲は洞中にて、同族の党羽一千余人を集めて、彼らに言った。「我は度々蜀兵に辱めを受け、誓って仇を報いようとしている。諸君に何か高見はあるか?」話が終わらないうちに、一人が声を上げて答えた。「我、一人を推薦すれば、諸葛亮を打ち破ることができます。」皆が見ると、それは孟獲の妻の弟で、現任の八番部長、名を帶來洞主という。孟獲は大喜びで、急いでどんな人物か尋ねた。帶來洞主が言うには、「ここより西南の八納洞、洞主の木鹿大王は、深く法术に通じております。外出すれば象に騎り、風雨を呼び寄せることができ、常に虎豹豺狼、毒蛇悪蝎を従えております。手下には三万の神兵がおり、非常に勇猛であります。大王は書状を認め、礼物を用意され、我が自ら赴いて彼を請うましょう。この人が承諾すれば、蜀兵を何恐れることがありましょうか!」孟獲は喜び、国舅に書状を認めさせて送らせた。また、朵思大王に命じて三江城を守らせ、前面の障壁とさせた。

さて孔明は兵を率いて三江城に直抵し、遠くよりこの城が三方は江に面し、一方は陸地に通じているのを見た。そこで魏延、趙雲に命じて、共に一軍を率い、陸路から城を攻めさせた。軍が城下に到着すると、城上から弓弩が一斉に放たれた。そもそも洞の人々は、多くが弓弩に秀でており、一つの弩から十本の矢を同時に放ち、矢の先には全て毒薬が塗ってある。もし矢に当たれば、皮肉は全て爛れ、五臓六腑が見えるまでになって死ぬという。趙雲、魏延は勝つことができず、引き返して孔明に謁見し、毒矢のことを告げた。孔明は自ら小車に乗り、軍前に行って虚実を視察し、寨に帰ってから、軍に命じて数里後退して寨を設置させた。蛮兵は蜀兵が遠くへ退くのを見て、皆大笑いして祝い、蜀兵が怖気づいて退いたものと思い、そのため夜は安心して熟睡し、斥候や巡察をしなかった。

さて孔明は軍を後退させた後、営寨を閉ざして出戦しなかった。一連五日間、何の号令もなかった。黄昏の頃、忽然と微風が起こった。孔明は伝令して言った。「各兵士は衣襟一幅を用意せよ。一更の時分に点呼に応じるべし。無き者は即座に斬首する。」諸将は皆その意を知らなかったが、兵士たちは命令に従って準備した。初更の時分、また伝令して言った。「各兵士は衣襟一幅を用い、土一包みを包め。無き者は即座に斬首する。」兵士たちもその意を知らなかったが、ただ命令に従って準備した。孔明はまた伝令して言った。「諸軍、土を包み、全て三江城の下に納めよ。先に到着した者には賞がある。」諸軍は令を聞き、皆清浄な土を包み、飛ぶが如く城下に馳せ参じた。孔明は命じて泥土を積み上げ、城に登る階段とさせ、先に城壁に上った者を記録して頭功とした。ここにおいて蜀兵十数万に、投降した兵一万余を加え、包んだ土を一斉に城下に投げ捨てた。瞬く間に、積もった土は山の如くとなり、城壁に接続した。一声の合図と共に、蜀兵は皆城壁に上った。蛮兵が慌てて弩を放とうとした時には、大半は既に捕らえられ、残りの者は城を棄てて逃走した。朵思大王は乱軍の中で戦死した。蜀将は軍を督率して、二手に分かれて剿殺した。孔明は三江城を攻め落とし、得た珍宝は全て三軍に賞与した。敗れ残った蛮兵は逃げ帰って孟獲に報告した。「朵思大王は戦死されました。三江城は失陥しました。」孟獲は大いに驚いた。

正に憂慮している間に、蜀兵は既に江を渡り、現在この洞の前に寨を設置しているとの報告が入った。孟獲は非常に慌てふためいた。忽然と屏風の後ろから一人が大笑いしながら出て来て言った。「男子でありながら、どうして智謀がないのか。我は婦人ではあるが、あなたの代わりに出戦しよう。」孟獲が見ると、それは妻の祝融夫人であった。夫人は代々南蛮に居住し、祝融氏の後裔である。飛刀を使うことを得意とし、百発百中である。孟獲は起身して謝意を表した。夫人は喜んで馬に上り、同族の党羽猛将数百員、精鋭洞兵五万を率い、銀坑宮殿を出て、蜀兵と対陣に向かった。ちょうど洞口を曲がったところで、一隊の人馬が行く手を阻んだ。先頭の蜀将は張嶷であった。蛮兵はこれを見て、既に両路に展開した。祝融夫人は背中に五口の飛刀を挿し、手には丈八の長矛を挺し、胯下は巻毛赤兔馬であった。張嶷はこれを見て、密かに珍しいことと思った。二人は馬を駆って交鋒した。戦うこと数合にも満たず、夫人は馬を撥って退却した。張嶷が追撃すると、空中から一把の飛刀が落ちて来た。張嶷は慌てて手で遮ったが、左臂に当たり、ひっくり返って馬から落ちた。蛮兵は喊声を挙げ、張嶷を捕らえて縛った。馬忠は張嶷が捕らえられたのを聞き、急いで救援に出ようとしたが、早くも蛮兵に縛られてしまった。祝融夫人が矛を挺し、馬を勒めて立っているのを望み見て、馬忠は怒って前に進み戦おうとしたが、胯下の馬が引き倒され、またも捕らえられた。皆、洞中に護送して孟獲に謁見させた。孟獲は宴を設けて祝賀した。夫人は刀斧手に命じて張嶷、馬忠を引き出して斬首しようとした。孟獲は止めて言った。「諸葛亮は我を五度も放免した。今、もしその将を殺せば、不義である。暫く洞中に囚えておき、諸葛亮を擒えるのを待ってから、彼を殺すも遅くはない。」夫人はその言葉に従い、笑いながら酒を飲み楽しんだ。

さて敗れ残った兵士が孔明の許に来て、この事を告げた。孔明はそこで馬岱、趙雲、魏延の三人を呼び、計略を授け、各々軍を率いて出陣させた。翌日、蛮兵が洞中に報告して、趙雲が挑戦して来たと言った。祝融夫人はすぐに馬に上って出迎えた。二人は戦うこと数合にも満たず、趙雲は馬を撥って退却した。夫人は伏兵があるのを恐れ、馬を勒めて兵を引き返させた。魏延がまた軍を率いて挑戦して来たので、夫人は馬を縦にして相迎えた。正に交鋒が緊急の時、魏延は偽って敗れて逃げたが、夫人は追撃しなかった。翌日、趙雲がまた軍を率いて挑戦して来たので、夫人は洞兵を率いて出迎えた。二人は戦うこと数合にも満たず、趙雲は偽って敗れて逃げたが、夫人は長矛を押さえて追撃しなかった。兵を収めて洞に帰ろうとした時、魏延が軍を率いて声を揃えて辱め罵ったので、夫人は急いで矛を挺し、魏延を取らんと向かった。魏延は馬を撥って退却した。夫人は怒って追撃して来たので、魏延は馬を駆って山間の僻路に奔入した。忽然と背後に一声響き、魏延が振り返って見ると、夫人は仰向けに馬から落ちていた。元来、馬岱がここに伏兵しており、絆馬索を用いて倒したのである。そこでその場で捕らえ縛り、大寨に護送して来た。蛮将や洞兵が皆救援に来たが、趙雲の一隊に追い散らされた。

孔明は帳中に端座しており、馬岱が祝融夫人を押し連れて来た。孔明は急ぎ武士に命じて彼女の縄を解かせ、別の帳に招いて酒を賜り驚きを鎮めさせ、使いを遣わして孟獲に告げ、夫人を送り返す代わりに張嶷、馬忠の二将を得たいと伝えた。孟獲はこれに応じ、張嶷、馬忠を放ち、孔明に返した。孔明はそこで夫人を洞に送り入れた。孟獲は迎え入れ、喜びと共にまた怒りを覚えた。すると突然、八納洞の主が来たとの報せがあった。孟獲は洞を出て迎え、その人が白象に乗り、金珠の纓絡を身に纏い、腰に二口の大刀を佩き、虎豹豺狼を飼い慣らした一団を率いて、簇擁して入って来るのを見た。孟獲は再三拝謝して哀れみを乞い、先の事を詳しく訴えた。木鹿大王は彼のために仇を報じることを約束した。孟獲は大いに喜び、宴を設けて款待した。

翌日、木鹿大王は本洞の兵を率い、猛獣を連れて出撃した。趙雲、魏延は蛮兵が出動したと聞き、軍馬を布陣して陣形を整えた。二将は並んで轡をとり、陣前に立って見渡すと、蛮兵の旗や器械は全て異なっていた。人多は鎧を着けず、皆裸身で、顔つきは醜悪であり、身に四本の尖刀を帯びていた。軍中では鼓角を鳴らさず、ただ銅鑼を敲いて号とした。木鹿大王は腰に二振りの宝刀を佩き、手に蒂鐘を持ち、白象に乗って、大旗の中から出て来た。趙雲はこれを見て、魏延に言った。「我らは一生戦場に上ってきたが、未だかつてこのような人物を見たことがない。」二人が思案しているところへ、木鹿大王が口の中で何やら呪文を唱え、手で蒂鐘を揺らすと、突然狂風が巻き起こり、飛砂走石、暴雨の如くなった。一声の角笛が響くと、虎豹豺狼、毒蛇猛獣が風に乗って出で、牙をむき出し爪を振るい、突進して来た。蜀兵はどうして防ぎ得ようか、後方へ退いた。蛮兵は追撃し、三江の界路に至ってようやく引き返した。

趙雲、魏延は敗兵を収容し、孔明の帳前に来て罪を請い、この事を詳細に報告した。孔明は笑って言った。「これはあなたたち二人の過ちではない。私は茅廬を出る前から、既に南蛮に虎豹を駆る方法があることを知っていた。蜀中にいる時に、既にこの陣を破るものを用意してあった。軍中に二十台の車があり、全て封じて標を付けてここにある。今日はまず半分を用い、残りの半分は後に別の用途がある。」そこで手下に命じて、十台の紅油の櫃車を帳下に運ばせ、十台の黒油の櫃車を後に残した。皆、その意図を悟らなかった。孔明が櫃を開けると、中には全て木彫りで彩色を施した巨獣があり、五色の絨線で皮毛とし、鋼鉄で牙爪とし、一頭に十人が騎坐できるようになっていた。孔明は千余名の精壮な軍士を選び、百頭を領させ、口に煙火の物を仕込み、軍中に蔵した。

翌日、孔明は兵を駆って大挙前進し、洞口に布陣した。蛮兵がこの情報を探知し、洞に入って蛮王に報告した。木鹿大王は自ら敵う者無しと思い、孟獲と共に洞兵を率いて出て来た。孔明は綸巾を被り、羽扇を手にし、道袍を身に纏い、車に端座していた。孟獲は彼を指さして言った。「車に座っているのが諸葛亮だ。この人を捕らえることができれば、大事は決まる!」木鹿大王は口に呪文を唱え、手に蒂鐘を揺らした。たちまち狂風が起こり、猛獣が突然飛び出した。孔明が羽扇を一振りすると、その風は回って向こうの陣中に吹き返し、蜀軍の陣中の仮獣が群がり出た。蛮洞の真の獣は、蜀軍陣中の巨獣が口から火炎を吐き、鼻から黒煙を噴き、身に銅鈴を揺らし、牙をむき出し爪を振るって突進して来るのを見て、各種の悪獣は敢えて進まず、全て蛮洞に奔り帰り、却って蛮兵を数知れず踏み倒した。孔明は兵を駆って大挙前進し、鼓角を斉しく鳴らし、前に向かって追撃した。木鹿大王は乱軍の中で死んだ。洞内の孟獲の宗族党羽は、皆宮殿を棄て、山を越え嶺を越えて逃走した。孔明の大軍は銀坑洞を占領した。

翌日、孔明がまさに兵を分けて孟獲を追捕しようとした時、忽然と人が報告した。「蛮王孟獲の妻の弟である帶來洞主が、孟獲に降伏を勧めたが孟獲が聴かず、今や孟獲を祝融夫人および宗族党羽数百人と共に全て擒獲し、丞相に献じに来ました。」孔明はこれを聞き、直ちに張嶷、馬忠を召し出し、かくかくしかじかと命じた。二将は計略を受け、二千の精壮な兵士を率い、両側の廊下に伏せた。孔明は守門の将に命じ、全てをそのまま入れさせた。帶來洞主は刀斧手を率い、孟獲ら数百人を押し連れ、殿前に拝した。孔明が一声大喝して「捉えよ!」と言うと、両側の廊下から精壮な兵士が一斉に飛び出し、二人で一人を捉え、全て縛り上げられた。孔明は大笑して言った。「お前たちの小さな計略など、どうして私を欺けよう!お前は先の二度、いずれも本洞の者がお前を擒えて降伏して来たのを見て、私が害しなかったので、深く信じたと思い込み、ここに来て詐降し、洞中で私を殺そうとしたのだ!」と。武士に命じてその身を搜させると、果たして皆刃を帯びていた。孔明は孟獲に問うて言った。「お前は先に、お前の家で擒えられたならば心服すると言った。今日はどうだ?」孟獲は言った。「これは我ら自ら死にに来たのであって、お前の手柄ではない。私は心服しない。」孔明は言った。「私はお前を六度擒えたが、まだ服さぬのか。いつまで待つつもりだ?」孟獲は言った。「お前が七度目に私を擒えたならば、初めて心を傾けて服し、二度と叛かないと誓おう。」孔明は言った。「お前の巣穴は既に破られた。私に何の心配があろう!」武士に命じて全ての縄を解かせ、叱りつけて言った。「今回擒えたが、もしまた言い逃れをするならば、必ずや軽くは済まさぬぞ!」孟獲らは頭を抱え、鼠のように逃げ去った。

さて、敗残の蛮兵一千余人が、大半が傷を負いながら逃げる途中、ちょうど蛮王孟獲に出会った。孟獲は敗兵を収容し、心にわずかに喜びを覚え、帶來洞主と議して言った。「我が洞府は今や蜀兵に占領されてしまった。今どこに身を置くべきか?」帶來洞主は言った。「ただ一国のみ、蜀兵を破ることができます。」孟獲は喜んで問うた。「どこへ行けばよいのか?」帶來洞主は言った。「ここより東南七百里に、一つの国がございます。名を烏戈国と申します。国の主、兀突骨は、身の丈一丈二尺、五穀を食べず、生蛇悪獣を飯としております。身には鱗甲が有り、刀箭も傷つけることができません。その配下の軍士は、皆藤甲を着けております。この藤は山澗の中に生え、石壁に絡みついております。国人がこれを採り、油に浸し、半年後に取り出して日に干します。干してはまた浸し、都合十数回を経て、ようやく鎧を成します。これを身に着ければ、江を渡っても沈まず、水に遇っても濡れず、刀箭も貫くことができません。故に藤甲軍と号しております。今、大王は行って彼の助けを求めるが良ろしゅうございます。もし彼の力を得れば、諸葛亮を擒えることは、利刃で竹を破るように容易でありましょう。」孟獲は大いに喜び、そこで烏戈国へ赴き、兀突骨に会いに行った。その洞には家屋は無く、皆土穴の中に住んでいた。孟獲は洞に入り、再三跪拝して前事を哭訴した。兀突骨は言った。「我は本洞の兵を起こし、お前のために仇を報じよう。」孟獲は喜んで拝謝した。そこで兀突骨は二人の領兵頭目を召し出した。一人は土安、一人は奚泥という。兵三万を起こし、皆藤甲を着け、烏戈国を離れて東北へ向かった。ある川のほとりに行き着いた。名を桃花水と言い、両岸に桃の木があり、年々落ち葉が水中に落ちる。もし他国の者がこの水を飲めば皆死ぬが、ただ烏戈国の者のみは飲めば却って倍々に精神が増す。兀突骨の兵は桃花渡口に到り、営寨を安んじ、蜀兵を待った。

さて、孔明は蛮人に命じて孟獲の消息を探らせたところ、報告して言うには、「孟獲は烏戈国の主を招き、三万の藤甲軍を率いて、今桃花渡口に駐屯しております。孟獲はまた諸番に蛮兵を集め、合力して抵抗しようとしております。」孔明はこれを聞き、兵を提げて大挙前進し、桃花渡口に至った。対岸に蛮兵を望み見ると、人の形に似ず、非常に醜悪であった。また土地の人に問うと、今は桃の葉が落ちており、水は飲めないと言う。孔明は五里退いて営寨を安んじ、魏延を留めて寨を守らせた。

翌日、烏戈国の主は藤甲軍一隊を率いて河を渡って来た。金鼓の音が大きく響く中、魏延が兵を率いて迎え撃つ。蛮兵は地を巻くように押し寄せて来た。蜀兵が弩で矢を射かけても、藤甲に突き刺さらず、全て地面に落ちた。刀で斬り付け、槍で突いても、傷一つつけられない。蛮兵は皆、鋭い刀や鋼の叉を使い、蜀兵はどうして防ぎきれるものか、皆敗走した。蛮兵は追わずに引き返した。魏延はまた戻り、桃花渡口まで追撃したが、蛮兵が鎧を着たまま川を渡って去って行くのを見た。中には疲れた者がいて、鎧を脱いで水面に浮かべ、その上に座って川を渡っていた。魏延は急いで大寨に戻り、孔明に報告し、この事を詳しく述べた。孔明は呂凱と地元の者を呼んで尋ねた。呂凱が言うには、「私は以前から南蛮の中に烏戈国という、倫理の無い場所があると聞いておりました。更に藤甲で身を守るため、急には傷つけられません。また、桃の葉の悪水があり、その国の者が飲めば却って元気が出ますが、他国の者が飲めば死にます。このような蛮地で、たとえ全勝したとしても、何の益がありましょうか。早々に軍を退却なさるのが良いかと。」孔明は笑って言った。「私は軽々しくここに来たわけではない。どうしてすぐに退くことができようか。明日には必ず南蛮を平定する計略がある。」そこで、趙雲に魏延を助けて寨を守らせ、当面は軽々しく出戦しないよう命じた。

翌日、孔明は地元の者に道案内をさせ、自らは小車に乗って桃花渡口の北岸の山奥の僻地に行き、地理をくまなく観察した。山は険しく嶺は峻で、車では進めない場所があり、孔明は車を降りて徒歩で進んだ。突然、ある山に至り、一つの谷を望見した。その形は長蛇のようで、全て滑らかな絶壁であり、木々は無く、中央に一本の大路があった。孔明が地元の者に尋ねた。「この谷は何という名か?」地元の者が答えた。「ここは盤蛇谷と申します。谷を出れば三江城への大路で、谷の前を塔郎甸と言います。」孔明は大いに喜んで言った。「これは天が我に此地で成功を賜うたものだ!」そこで来た道を引き返し、車に乗って寨に戻り、馬岱を呼び寄せて命じた。「お前に十台の黒油の櫃車を与える。竹竿千本が必要で、櫃の中の物は、しかじかとせよ。お前は自らの兵を率いて盤蛇谷の両端を守り、法に従って事を行え。半月の期限を与える。全てを整えよ。その時に、しかじかと配置せよ。もし情報が漏れるようなことがあれば、必ず軍法に処す。」馬岱は計略を受けて去った。また趙雲を呼び寄せて命じた。「お前は盤蛇谷の後方、三江の大路口で、しかじかと守備せよ。必要な物は、期限までに準備せよ。」趙雲は計略を受けて去った。また魏延を呼び寄せて命じた。「お前は自らの兵を率いて桃花渡口に陣営を築き、寨を設けよ。もし蛮兵が川を渡って戦いを挑んできたら、お前は営寨を放棄し、白旗の方向へ逃げよ。半月の内に、必ず連続して十五陣敗れ、七つの営寨を放棄せよ。もし十四陣だけ敗れたならば、私の前に姿を見せるな。」魏延は命を受け、心の中で不満に思い、不承不承に去って行った。孔明はまた張翼を呼び、別の一軍を率いさせ、指示された場所に従って営寨を築かせた。そして張嶷、馬忠に命じ、本洞から投降した千人を率いさせ、しかじかと行動させた。各自が計略に従って行動した。

さて、孟獲は烏戈国の主、兀突骨に言った。「諸葛亮は詭計が多く、伏兵を仕掛けるのを最も好む。今後戦う時は、三軍に申し付けて、山谷の中や林の茂み深い場所を見たら、決して軽々しく進軍してはならぬ。」兀突骨が言った。「大王の言は理にかなっている。私は既に中原の者が陰謀詭計を常用することを知っている。今後はこの言葉に従って行動しよう。私が前線で戦い、大王は後方で督戦し指揮を執られよ。」二人は相談を終えた。

突然、蜀兵が桃花渡口の北岸に営寨を築いたとの報せが入った。兀突骨はすぐに二人の俘長に命じ、藤甲軍を率いて河を渡らせ、蜀兵と戦わせた。戦うこと数合にも満たず、魏延は敗走した。蛮兵は伏兵を警戒し、追わずに自ら退却した。翌日、魏延は再び営寨を築いた。蛮兵が偵知し、またもや軍を率いて河を渡り戦いを挑んだ。魏延が出陣して迎え撃つ。戦うこと数合にも満たず、魏延は敗走した。蛮兵は十余里追撃したが、四方に動きがないのを見て、蜀の寨に駐屯した。翌日、二人の俘長が兀突骨を寨に招き、この事を告げた。兀突骨はすぐに兵を率いて大挙進軍し、魏延を一気に追撃した。蜀兵は皆、兜や兵器を捨てて逃げ、前方に白旗があるのが見えた。魏延は敗兵を率いて急ぎ白旗の場所へ奔ると、既に一つの営寨があり、その寨に駐屯した。兀突骨は軍を駆って追撃し、魏延は兵を率いて寨を放棄し去った。蛮兵は蜀の寨を手に入れた。翌日、また前方へ追撃した。魏延は兵を返して戦うも、三合も経たずに敗れ、ただ白旗の場所を目指して奔り、また一つの営寨があり、魏延はその寨に駐屯した。翌日、蛮兵がまた来た。魏延は少し戦ってまた逃げた。蛮兵は蜀の寨を占領した。

話が煩雑になるのを避けるが、魏延は戦いながら逃げ、既に十五陣敗れ、連続して七つの営寨を放棄していた。蛮兵は大挙進軍して追撃した。兀突骨は自ら軍の先頭に立って敵を破り、途中、林木の茂る場所を見るたびに、進軍を敢行しなかった。そして人を遣って遠くを望見させると、果たして木陰の中に旌旗が翻っているのが見えた。兀突骨は孟獲に言った。「果たして大王の予測通りだ。」孟獲は大笑して言った。「諸葛亮は今度こそ我に見破られた!大王は連日彼に十五陣勝ち、七つの営寨を奪い、蜀兵は風を望んで逃げた。諸葛亮はもはや策も尽きた。ただこの一進で、大事は決する!」兀突骨は大いに喜び、もはや蜀兵を心に留めなかった。

十六日目、魏延は敗残の兵卒を率いて、藤甲軍と対峙した。兀突骨は象に騎り、頭には日月狼須の帽を戴き、身には金珠の瓔珞を纏い、両脇の下には生えた鱗甲が露わになり、眼の中には微かに光が宿り、手で魏延を指して罵った。魏延は馬を引き返して逃げた。後方から蛮兵が大挙進撃した。魏延は兵を率いて盤蛇谷を回り込み、白旗を目指して走った。兀突骨は兵衆を統率し、後を追撃した。兀突骨は山上に草木が無いのを見て、伏兵は無いと判断し、安心して追撃した。谷の中に追い入ると、数十台の黒油の櫃車が道を塞いでいた。蛮兵が報告した。「これは蜀兵が兵糧を運ぶ道で、大王の兵が来たため、糧車を捨てて逃げました。」兀突骨は大いに喜び、兵を促して追撃した。谷口を出ようとした時、蜀兵は見えず、ただ横木や乱石が転がり落ちて来て、谷口を塞ぎ積み上げた。兀突骨は兵士に命じて道を開かせ進もうとしたが、突然、前方の大小の車両に乾いた柴が積まれ、全てが火を噴いているのを見た。兀突骨は急ぎ撤退を命じたが、後軍の喊声が聞こえ、谷口は既に乾いた柴で塞がれ、車中には元々火薬が積まれており、一斉に燃え上がったと報告があった。兀突骨は草木が無いのを見て、まだ慌てず、道を探して逃げようとした。すると山上の両側から無造作に火のついた松明が投げられ、松明の届く所では、地中の薬線が全て着火し、地面から鉄砲が飛び出した。谷中は火光が乱れ舞い、藤甲に触れれば火が付かないものは無かった。兀突骨と三万の藤甲軍は、互いに抱き合って焼け死に、盤蛇谷の中で命を落とした。孔明が山上から下を見下ろすと、蛮兵が火に焼かれて手足を伸ばし、大半は鉄砲で頭や顔を粉々に打ち砕かれ、皆谷中に死しており、その臭いは耐え難かった。孔明は涙を流して嘆息し言った。「我は国に功績はあるが、必ずや寿命を縮めるであろう!」左右の将士は、皆嘆息せぬ者は無かった。

さて、孟獲は寨の中で、蛮兵の報告を待っていた。突然、千余人が寨の前で笑いながら拝し、言った。「烏戈国の兵が蜀兵と大戦し、諸葛亮を盤蛇谷の中に包囲しました。特に大王を迎えに来て救援を請うのです。我々は皆、本洞の者で、已む無く蜀に降った者です。今、大王が来られたと知り、特に来て戦いを助けようとしました。」孟獲は大いに喜び、すぐに宗族や党羽、及び集めた番人を率い、夜を徹して馬に乗った。そして蛮兵に道案内をさせた。盤蛇谷に到着した時には、火光が非常に大きく、臭気が耐え難かった。孟獲は計略に嵌ったことを知り、急ぎ兵を退こうとしたが、左から張嶷、右から馬忠の両軍が殺到した。孟獲が防ごうとした時、一声の喊声と共に、蛮兵の中の大半は蜀兵であり、蛮王の宗族、党羽、及び集めた番人を、全て捕らえた。

孟獲は単騎で包囲を突破し、山道を目指して逃げた。逃げている最中、山の窪みから一団の馬が現れ、一台の小車を擁していた。車中には一人が端座し、綸巾羽扇、道袍を身に着けていた。それは正に孔明であった。孔明が大喝して言った。「反賊孟獲!今や如何に!」孟獲は急ぎ馬を返して逃げようとした。傍らから一将が現れ、進路を遮った。それは馬岱であった。孟獲は不意を突かれ、馬岱に生け捕りにされた。この時、王平、張翼は既に一軍を率いて蛮寨に到着し、祝融夫人と全ての老若男女を生け捕りにして来ていた。

孔明は寨に戻り、帳を上げて座し、諸将に向かって言った。「我が今日のこの計略は、やむを得ずして用いたもので、大いに陰徳を損なうものである。我は敵が必ずや林木の多いところに伏兵を置くと思い込むと見越し、我はあえて旌旗を虚設し、実際には兵馬を置かず、彼らの心を惑わしたのである。我は魏文長に十五陣を連敗させたのは、彼らの心を固くするためであった。我は盤蛇谷にただ一つの道しかなく、両側はすべて滑らかな石で、樹木はなく、下はすべて砂土であるのを見た。そこで馬岱に命じて黒油の櫃を谷中に配置させた。車中の油櫃の中には、すべて予め造っておいた火炮が入れてあり、これを『地雷』と名付けた。一つの炮の中に九つの炮を蔵し、三十歩ごとに埋め、その中間には竹の節を打ち抜いた竹竿を用いて、薬線を導くようにした。それが一たび発動すれば、山は崩れ石は裂ける。また我は趙子龍に命じて草車を準備させ、谷中に配置させた。さらに山上には大木や乱石を準備させた。そして魏延に命じて兀突骨および藤甲軍を谷中に誘き入れさせ、魏延を脱出させると、すぐにその道を断ち、その後で火を放って焼いたのである。我は聞く、『水に利する者は必ず火に利しない』と。藤甲は刀箭も通さないが、油に浸した物であるから、火に遭えば必ず燃える。蛮兵はこれほど頑固であるから、火攻めでなくしてどうして勝つことができようか。烏戈国の人間に種族を残さぬようにするのは、我の大罪である!」諸将は拝伏して言った。「丞相の天機は、鬼神も測り知れません!」孔明は人に命じて孟獲を引き出させた。孟獲は帳下に跪いた。孔明は人に命じてその縛めを解かせ、ひとまず別の帳に行かせ、酒食を与えて驚きを鎮めさせた。孔明は酒食を管轄する官を坐榻の前に呼び寄せ、かくかくしかじかと、指示して去らせた。

さて、孟獲は祝融夫人ならびに孟優、帶來洞主、すべての宗族や党羽とともに別の帳で酒を飲んでいた。そこへ突然一人の者が帳中に入り、孟獲に向かって言った。「丞相は面に恥ずかしげな色を浮かべておられ、あなたとお会いになりたくないとお思いです。特に私に命じてあなたを帰し、再び人馬を招集して勝負を決するようお許しになりました。あなたは今すぐにでもお帰りなさい。」孟獲は涙を流して言った。「七度捕らえられ七度放されることは、古来未曾有のことである。我は化外の者ではあるが、礼儀を少しく知っている。どうしてこのように恥を知らずにいられようか。」そこで兄弟、妻子、宗族、党羽などの者たちと共に、皆ひれ伏して帳下に跪き、肌を露わにして謝罪して言った。「丞相の天威、南人はもはや逆らうことはございません!」孔明が言った。「あなたは今、服したか。」孟獲は泣いて謝罪して言った。「我の子々孫々まで覆い育てる恩を感じております。どうして服さずにおられましょうか!」孔明はそこで孟獲を帳に上げ、宴を設けて賀し、彼を永く洞主とすることを命じた。奪った土地はすべて返還した。孟獲の宗族、党羽、および各蛮兵は、感激し愛戴しない者はなく、皆喜び踊って去っていった。後に人が詩を作り孔明を讃えて言う。

羽扇綸巾、碧幢を擁し、七擒の妙策、蛮王を制す。

今に至るまで溪洞に威徳を伝え、高原を選んで廟堂を立てたり。

羽扇綸巾、碧幢を擁し、七擒の妙策、蛮王を制す。

今に至るまで溪洞に威徳を伝え、高原を選んで廟堂を立てたり。

長史の費禕が帳に入り進言して言った。「今、丞相は自ら士卒を率いて、不毛の地に深く入り、蛮方を収められました。ただいま蛮王がすでに帰服した以上、どうして官吏を設置して、孟獲と共に鎮守させなさらないのですか。」孔明は言った。「これには三つの不易がある。外人を留め置くならば兵を留めるべきであるが、兵士には食料がない。これが一つの不易である。蛮人は傷つきを受け、父兄は死亡している。外人を留め置きながら兵を留めなければ、必ず禍患となる。これが二つの不易である。蛮人はしばしば廃殺の罪を犯しており、自らも嫌疑を抱いている。外人を留め置いてもついに信頼されないであろう。これが三つの不易である。今、我は人を留めず、糧を運ばず、皆と共に安んじて事無きを願うのみである。」皆ことごとく服従した。ここにおいて蛮方は皆孔明の恩徳に感激し、孔明のために生祠を立て、四時に享祭し、皆彼を慈父と呼んだ。それぞれ珍珠・金宝・丹漆・薬材・耕牛・戦馬を送り、軍用を助け、再び反逆しないことを誓った。南方は平定された。

さて、孔明は軍をねぎらい終え、軍を班して蜀に帰ることとし、魏延に命じて本軍を率いて先鋒とさせた。魏延が兵を率いてちょうど泸水に到着した時、忽然として陰雲が四方より集まり、水面上に突然一陣の狂風が起こり、飛砂走石、軍は前進することができなかった。魏延は兵を退けて孔明に報告した。孔明はそこで孟獲を呼んで問いただした。正に、

塞外の蛮人、初めて降服し、水辺の鬼卒、また猖獗を極む。

塞外の蛮人、初めて降服し、水辺の鬼卒、また猖獗を極む。

孟獲の言うところ如何なるか、且く下の分解を聴け。