モバイルで快適に読む 『史記』アプリ:全文検索、しおり、読み上げ、オフライン
テーマ
文字サイズ 18

秦楚之际月表第四

第 4 篇

太史公、秦と楚漢の際を読んで言う、そもそも発難して事を起こしたのは、陳涉より始まる。暴虐をもって秦を滅ぼしたのは、項羽である。乱を撥し暴を誅し、天下を平定し、ついに帝位に即いたのは、漢家である。五年の間、号令を発する者、三度変わった。人類以来、天命をこのように急に受けたことは未だかつてない。

昔、虞・夏の興起は、善行功績を積むこと数十年、恩徳を百姓に行き渡らせ、政事を代行し、天の考察を経て、その後帝位に就いた。殷・周の王たるは、契・后稷が仁義を修行すること十数代、孟津にて八百諸侯が約せずして会合したが、なお時至らずとし、後に君を放ち、または誅した。秦の興起は襄公より始まり、文公・穆公の時に顕われ、献公・孝公の後、漸く六国を蚕食すること百有余年、始皇に至りて始めて天下を兼并するを得た。徳においては虞・夏・殷・周の如く、力においては秦の如く、天下を統一するのはこのように難しかった。

秦すでに帝と称し、戦争の止まざるを憂うるは、諸侯あるが故なり、ここに尺土も分封せず、名城を壊し、兵を銷し、豪傑を刳り、万世の安きを求めんと欲す。然るに帝王の業の興るや、民間より起こり、合従攻伐は三代に過ぐ。昔、秦の禁令は、まさに賢能の者のために掃除を助けたるに過ぎず。故に奮い起こりて天下の雄主と為るは、封地なくして王たる能わずというにあらずや。これすなわち古の伝記に謂う「大聖」なるか。天意にあらずや。天意にあらずや。大聖にあらずんば、誰か能く天命を当てて帝と為らんや。

秦、天下を失い、群雄競い追う。あるいは楚の祠に狐鳴を仮し、あるいは沛の沢に龍として興る。武臣自ら王と号し、魏豹必ず故国を復さんとす。田儋斉に拠り、英布六を守る。項王号令を主り、義帝弑さる。月を以て年を繋ぎ、道は悠長にして命は急なり。天下動揺し、烏の誰が屋に集まるかを観る。真命天子は霸上に在り、終に天の祚を享く。