モバイルで快適に読む 『桃花扇』アプリ:全文検索、しおり、読み上げ、オフライン
テーマ
文字サイズ 18
巻二 上本

第十三出 哭主

第 20 篇

第十三齣 泣く主君

(副浄、旗牌官の扮装で上台)漢陽の煙雲樹木は江岸を隔て、影の中の青山は画中の人、惜しむらくは城西の風光絶佳の処、毎朝馬頭の揚げる塵に遮られて。在下は寧南帥府の旗牌官、我が元帥武昌を恢復し、功により侯爵に封ぜられたり。昨日又新恩を蒙り、太傅の官職を加えられ、小左夢庚も総兵の印信を帯び、特に巡按御史黄澍老爺を遣わし府上にて聖旨を読み上げしむ。今日九江督撫袁継咸老爺、又三十艘の糧草を押し運び、自ら来たりて发放す。元帥大いに喜び、我に命じて黄鶴楼に宴を設け、両位の老爺に酒を飲み江を観ることを請わしむ。(眺望)遥かに望めば晴川の樹の下、芳草の洲の辺り、百姓歓歌し、三軍嬉笑す、好一つの太平の景象なり。遠くより喝道の声伝わり、元帥将に到らんとす、我はあらかじめ酒席を整えん。(台上に黄鶴楼の扁額を掲げる)(副浄酒席を並べ、座席を整える)(雑、軍校の扮装、旗仗を掲げ、楽を奏し導く)(小生、左良玉の扮装、戎装にて上台)

【声声慢】春色を追い、晴光を映し、連なる江岸の青草青青たり。百尺の高楼、笛を吹きて落梅の風景。花間の小車を帯び、随行の厨を載せ、衣帯緩く、衫軽し;将軍武を好むと雖も、而も儒生を愛すと笑うを容れず。

我左良玉、今日黄鶴楼に宴を設け、袁・黄両位の公爺に酒を飲み江を観るを請う、只だ早く待つべきのみ。(吩咐)大小の軍卒は楼下に伺候せよ。(衆応じて下台)(登楼の状を作る)三春の雲物尽く胸中に収め、万里の風烟眼前に来たる。(眺望)汝見よ、あの浩渺たる洞庭、蒼茫たる雲夢、西南の険を控え、江漢の要衝に当たる;我左良玉此の名城を鎮守す、何ぞ雄壮なるや!(坐下し呼ぶ)旗牌官何処に在る?(副浄跪く)在り。(小生)酒席は整いしや?(副浄)已に久しく整えたり。(小生)何ぞ両位の老爺未だ到らざる?(副浄)連続して幾度も請じたれど、袁老爺は江岸にて糧草を盤査し、黄老爺は又龍華寺にて客を拝会し、凡そ夕方に来たらん。(小生)此処に久しく待つは、豈に困倦せざらんや。左右に命じ速やかに柳相公を迎え楼に上らせ、閑談して悶を解かん。(雑跪き禀報)柳相公現在楼下に在り。(小生)速やかに請ぜよ。(雑請ず)(丑、柳敬亭の扮装にて上台)気は雲夢沢を呑み、声は岳阳楼を震わす。(見礼)(小生)敬亭何ぞ早く来りし?(丑)晩生、元帥悶坐するを知り、特に来たりて奉陪せんとす。(小生)是れ怪しむに足る、汝何ぞ知る?(丑)常言に曰く『秀才試験、点灯して始めて入座す』と。天生の文官、再び爽快なること能わず。(小生笑う)説くこと理あり。(指す)汝見よ、天才午を過ぐ、幾時か点灯を待つを得ん?(丑)もし喧騒を厭わずんば、昨夜説きし『秦叔宝姑娘に見ゆ』を、更に一回接げんか。(小生)大いに佳し。(問う)鼓板を帯びるか?(丑)古より『官は印を離れず、貨は身を離れず』、老汉何を管せんや。(鼓板を取り出す)(小生)左右に命じ岕片茶を泡開し、胡床を擺せよ。我紗帽を戴き隠囊に倚り、清談して消遣せんと欲す。(雑床を擺し、茶を泡す、小生衣を換え坐下す、雑背を捶き痒を搔く)(丑傍らに坐下し、鼓板を敲き説書す)大江滾滾浪花東に向かい流れ、古渡頭の興亡を淘い尽くす;屈指して英雄半個無し、来りし遺恨皆荆州に在り。新詩を按じ、旧話を提ぐるを且つ止めよ。且つ説く、人生最も得難きは乱離の後、骨肉再び逢うことに在り。総じて天南地北、時移り物換わり、幾番の凶年戦乱を経るも、如何ぞ萍の如く漂泊するを免れん。喜ばしきかな、秦叔宝羅公帥府に押解せられ、枷鎖連身、審問を待つに当たり、嫡親の姑母に遇い、簾を巻き階を下り、抱頭して大哭す。時に新衣を換え、宴を設け款待す、一つの死を待つ囚徒、頓に青天に上る。是を『運去れば黄金価を減じ、時来たれば頑鉄光を生ず』と謂う。(醒木を拍つ)(小生涙を拭う)我も是等皆経歴せり。(丑)又説く、那の羅公叔宝の武芸を問い、満心歓喜、特に其の本領を誇耀せんと欲し、当日即ち放炮伝令し操練す。教場に下り、十万の雄兵、雁翅の如く排開す。羅公独り当中に坐し、一呼百諾、生殺の大権を掌握す。秦叔宝傍らに立ち、頭を点じ嘆賞す、口に言わず心の中に暗道く、大丈夫正に当に斯くの如くあるべし!(醒木を拍つ)(小生驕傲の態を作し、笑う)我左良玉も枉げて一世を生きず。(丑)那の羅公叔宝を看て、高声に問うて曰く『秦琼、汝身材高大なるを看る、曾て武芸を学びしや?』叔宝慌てて跪き、対答流るるが如し『小人双鐧を使うことを会得す』。羅公即ち家人に命じ、自ら用ゆる二条の銀鐧を抬み下ろさしむ。那の二条の銀鐧、共に重さ六十八斤、叔宝の用ゆる鉄鐧に比し、軽きこと半ばなり。叔宝は重鐧を用いし人、手に受け、物無きが如し。階を跳び下り、渾身の解数を尽くし、左に輪し右に舞う、恰も玉蟒身に纏い、銀龍体を護るが如し。玉蟒身に纏い、万道の毫光台下に洒落す;銀龍体を護り、一輪の月影面前に懸かる。羅公中軍帳に在り、大声に喝采して曰く『好しや!』那の十万の雄兵、一斉に応ず。(呼喊の声を作す)山崩れ雷響くが如く、十里の外も聞くを得。(醒木を拍つ)(小生鏡を照らし、鬢の白髪を抜く)我左良玉辺塞にて功を立て、万人当たる能わず、亦た天底の一つの好男児と謂うべし。今白髪漸く生じ、殺賊未だ尽くさず、好まざる痛恨なり。(副浄上)禀報元帥爺、両位の老爺皆楼上に到着せり。(丑暗に下る)(小生官帽・腰帯を換え、雑胡床を撤し、酒席を擺す)(外、袁継咸の扮装、末、黄澍の扮装、官帽腰帯を着し、喝道して上台)(外)長湖落日気象蒼茫、黄鶴楼高く聳え郷を遠望す。(末)笛を吹く仙人地主と称し、風に対して酒を把り喜気洋洋。(小生迎え揖す)二位老先生我が轄地に光臨し、勝ち難き栄光なり;聊か一杯の薄酒を備え、共に春江を観ん。(外、末)久しく威望を仰ぎ、喜んで節鉞の麾下に近づく、高楼の盛設、平生を大快にす。(席に安じ坐下し、酒を斟み飲まんと欲す)(浄、塘報人の扮装、急ぎ走り上る)急ぎ翻天覆地の大事を、勤王救主の人に報告せん。禀報元帥爺、不祥なり、不祥なり!(衆驚き立ち上る)何の緊急軍情ありて、斯くの如く喊叫する?(浄急ぎ言う)禀報元帥爺:大股の流賊北に向かい侵犯し、層々京城を囲み;三日救援の兵馬を見ず、暗に城門を開く。火を放ち宮殿を焼き、刃を執り生霊を殺す。(地を拍つ)憐れむべき聖主好崇祯、(哭して言う)煤山の樹頂に吊るされ死す。(衆驚き問う)斯くの如き事ありや、何れの日ぞ?(浄喘ぐ)是れ即ち、即ち、即ち三月十九日なり。(衆北に向かい叩頭し、大哭す)(小生立ち上がり、手を揉み足を跳ね哭す)我が聖上よ!我が崇祯主上よ!我が大行皇帝よ!孤臣左良玉、遠く辺疆に在り、一旅の師を率いて勤王する能わず、罪万死に当たる。

【勝如花】高皇帝九泉の下、此の亡家破国を管せず、何ぞ知らん其の聖子神孫、反って飄蓬断梗に如かざるを。十七年憂国病の如く、呼べど天霊祖霊応ぜず、調べ得ず親兵救兵;白練無情、君王の一命を送る。傷心なるかな煤山の私下の駕、独り社稷蒼生に殉ず、独り社稷蒼生に殉ず!

(一同再び大泣きする)(外が手を振って叫ぶ)先ずは悲しみに泣き暮れるな、まだ大事な話し合いがある。(小生)何の大事か?(外)既に北京を失い、江山に主無し。将軍が早く義旗を掲げなければ、瞬く間に変乱が起こる。どうして鎮められようか?(末)その通りだ。(指さして)この江漢・荆襄も、西南の半壁の江山である。万一失えば、取り戻す暇は無い。(小生)小弟は無能ながら兵権を預かり、実に責任を逃れ難い。しかし、両公の尽力を頼み、共に辺境を守らねばならぬ。(外・末)従わぬわけには参りますまい。(小生)それならば、皆で喪服に着替え、大行皇帝の天の御霊の前で、ひとしきり泣き、盟約を結び誓いを立てよう。(呼びかける)左右、喪服は用意してあるか?(副浄)一時に揃えられず、近くの民家から素服三着と白布三筋を仮に借りました。(小生)よし、仮にそれを着用しよう。(命じて)大小三軍も、各々従って共に跪拝せよ。(小生・外・末が服を着て布を巻く)(皆を率いて一斉に跪拝し、弔いの声を上げる)我が先帝よ、

【前腔】(合唱)宮車は出で立ち、宗廟社稷は傾き、砕けた中原は整え難し。文臣を帷幄の中に養いて謀略無く、武夫を疆場に豢いで勇猛足らず;今日に至り山は残り水は減り、大江の月明かり浪花明るきに臨み、楼頭に満つるは呼び声と泣き声。(また泣く)この恨み、どうして息まん。皇天の証あり:今より後、心を同じくし力を協せて奔走し命を捧げ、国讐を報いて早く神京を収復せん、国讐を報いて早く神京を収復せん。

(小生)我々が義兄弟の契りを結んだ後は、情義は実の兄弟の如し。臨侯は督師、仲霖は監軍、我が左昆山は兵馬を練り、辺境を死守する。もし太子或いは諸王に逢い、中興の大業を成し天下を定むる事あらば、その時は兵を起こし勤王して北に上り、中原を収復せん。今日のこの義挙に背かぬ為である。(外・末)教えを承りました。(副浄が報告する)元帥に申し上げます。城中騒然として、変乱の兆しが有るかの如く。速やかに楼を下り、民心を鎮められよ。(一同楼を下りる)(小生)両公は何処へ行かれる?(外)小弟は九江へ戻ります。(末)小弟は襄陽へ参ります。(小生)それならば、各々別れましょう。失礼致す。(別れの挨拶)(小生が呼びかける)戻られよ。もし国家に大事が有れば、此処に来て共に議されよ。(外・末)一通の書状を頂ければ、馳せ参じぬ事はありません。失礼致します。(外・末が退場する)(小生)ああ、ああ!今日、天翻地覆するとは思いもよらなんだ。驚きの余り死ぬかと思った!

飛花酒を送るも未だ杯を挙げず、

一言伝わりて満座皆驚く。

黄鶴楼の中の人、哭き終わりて、

江暗く月朦朧とし、正に三更の時。