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巻三 下本

第二十一出 媚座

第 30 篇

【菊花新】(浄、冠を戴き帯を締め馬士英を装い、外は長班を従え、先触れをさせて道を開ける)鼎鼐を調和するに心機を尽くし、門戸を分かち恩威を併せ施す;鑽木取火、冷灰に火を点す、これ陰陽を調理するは小事に非ず。

下官馬士英、官は首輔に居り、手に中枢の大権を握る。天子は無為にして治め、その閉目拱手に任せ;宰相は優に養われ、全く我が揚眉吐気に由る。那些の満朝朱紫の大員も、呼朋引党に過ぎず;我が這の満腹の経綸も、無非是れ報怨施恩のみ。人は皆言う、馬を群れに養い、塵土揚がりて定まらずと;彼ら怎で知らん、国君を立てるは我が主と作り、人を殺すこと幾何ぞ妨げざるを。(笑う)此の数日太平無事、又紅梅の早咲きに逢い、万玉園中に宴を設け、親戚故旧を会し、只だ彼らの趨附奉承の多きを見れば、愈々我が尊貴栄耀の至りを顕す。人生行楽のみ、須らく此の時に在りて富貴を享受すべし。(呼ぶ)長班、今日下請帖の是れ哪位ぞ?(外)皆是れ老爺の同郷に御座います。兵部主事楊文驄、僉都御史越其杰、新推漕撫田仰、光禄寺卿阮大鋮、此の幾位の老爺に御座います。(浄疑う)那の阮大鋮は同郷に非ず。(外)彼常に人に語りて老爺の至親と謂う。(浄笑う)交情尋常に異なり、亦た至親と謂うべきか。(命ず)今日は外客に非ず、即ち此の梅花書屋に席を設けよ。(外)是!(浄)天已に午を過ぐ、疾く客を請え。(外)請うに及ばず、皆門房に在りて候す。只一声を伝えれば、便ち斉しく進み入らん。(伝う)老爺御請じ!(末、副浄急ぎ上る)門人一句重千鈞、相府重門深万里。(進み見え恭敬に礼す)(浄)我れ是れ誰ぞと謂う。(末に向かう)楊妹丈は我が内親、何故に亦た直ちに入らざる?(末)今は親情官位に敵わず。(浄)何の話にや。(副浄に向かう)円老一向に熟客、何故に亦た人の伝うるを待つ?(副浄)府上体制尊厳、豈に冒昧なるを敢えんや。(浄)これ見外に就く。(浄に就座を譲り、打躬して礼す)

【好事近】(浄)我れ展布を為すを得、正に花下に在りて心を談ずるに宜し;蘭友瓜親、門外に屐を倒すを須いず。疑うなかれ、総是一班の門生故旧、相逢う処把臂傾杯、何ぞ冠裳套礼に拘らん。我怎で肯んぜん、堂堂たる相府、賓客寥たるを。

(茶到り浄に先ず取らせ、打躬す)(浄)今日の天気微寒、正に小酌に適す。(副浄、末打躬)正に是れ。(浄)朝下りて来しより、日已に午を過ぐ;昼短く夜長く、三個時辰を差す。(副浄、末打躬)是是!皆是れ老師相の調理陰陽の功に御座います。(茶を喫し終わり、浄に先ず茶杯を置かせ、打躬す)(浄外に問う)如何に越、田の二位未だ来らざる?(外)越老爺痔漏発作し、早に辞帖有り;田老爺明日動身、家眷を船に送り、夜に来りて辞行す。(浄)罷り、席を擺するを命ぜよ。(吹打、三席を擺し、座に安ず)(副浄、末謙恭に告坐す)(入座飲酒)

【泣顔回】(浄)朝下りて後袖中香微かに存し、軽裘朱履に換え;陽春十月、梅花早く紅蕊を破る。南朝雅客、半閑堂に在りて且つ風流の話を説く;長夜を拚して読画評詩、嘆ず我が輩知心人幾何ぞ有るを。

(副浄問う)相府連日客を宴す、皆是れ哪位の年翁ぞ?(浄)総是我が輩、但だ両位の風雅に如かざるのみ。(末問う)是れ誰ぞ?(浄呼ぶ)長班客単を取りて看よ。(外)客単是に在り。(副浄接して看る)張孫振、袁宏勳、黄鼎、張捷、楊維垣。(末)果して皆是れ大いに経世済民の才有り。(浄)個個我が提拔、今皆大官と為れり。(副浄打躬)晩生等已に廃黜せられし官員、猶蒙りて起用せらる;老師相国為りて哺吐握発、真に周公に亜がず。(浄)豈敢。(拱手)二位他に比す可からず、明日吏部に嘱し、還た破格越級に昇遷せしめん。(末打躬)(副浄跪く)多謝提拔。(浄拉起す)

【前腔】(副浄、末)提携、折翅の鳥忽ち高く飛び、宝剣豊城の獄底より出づ。朝に随ひ漏を待つ、猶お狗尾を以て貂に続くが如し。華筵一飲、公門を出で、満面春風起こる;此の恩栄、衮衣を賜ひ圭爵を封ず、那の竜門に登り李膺に攀附するに比せず。

(起身す)(浄)大席を撤し、小酌を安排し、我れ促膝談心せん。(一席を設け、更衣囲坐す)(浄)亦た酒を斟むに及ばず。(副浄、末)豈に敢えて再び労せんや。(雑扮する二人の僕賞封を献ず)(浄手を振る)不必不必!花間雅集、又戲班無し、如何で此の官場の礼を行はん。(副浄)我が家の小戲班、日々得閑、何故に呼びて承応せしめざる。(浄)円老見慣れたる者、別の客を請ふ時、借りて領教せん。

【太平令】妙部新奇、見慣れ司空自ら評品す。(副浄)是是!名園山水清音美、何ぞ用ふるに絲竹相随ふを以てせん。

(末笑ふ)従来名花と美人、缺く可からず。今日紅梅の下、戲班は省く可し、却って一声「暁風残月」を欠くこと無からん。

【前腔】半放紅梅、只だ韋娘一曲來りて催すを欠く。(浄大笑)妹丈多情、竟に蘇州刺史と為らんと欲す。蘇州刺史魂消え、一箇の麗人の來りて陪するを想ふ。

(浄)此れ亦た容易なり。(命ず)長班に伝へ、幾名の歌妓を呼び、疾く來りて伺候せよ。(外)老爺に禀す、旧院を要するか、珠市を要するか?(浄末に向かう)楊姑老爺に請教す。(末)小弟物色已に多し、総じて好しき無し;只だ旧院李香君有り、新たに《牡丹亭》を学び、還た唱ひ出だす可し。(浄命ず)長班疾く行きて呼べ!(外応じて下る)(副浄末に問う)前日田百源三百金を用ひ、妾に娶らんと欲せし、想ふに是れならんか?(末)正に是れ。(浄末に問う)何故に娶り去らざる?(末)笑ふ可し此の呆頭の丫頭、侯朝宗の為に節を守らんと欲し、堅く従はず。我往きて説くこと幾度か、竟に楼を下りず、我をして掃興して帰らしむ。(浄怒る)此くの如き大胆の奴才有り。

【風入松】開府の爪牙の風威を知らず、人を殺すこと虱の如し。笑ふ彼の命薄き烟花鬼、飛蛾の燈芯に撲らんが如し。(副浄)皆是れ侯朝宗の教へ壞しし者、前番晩生を羞辱すること亦た浅からず。(浄大いに怒る)了不得、了不得!一位新任漕撫、三百両の銀子を取り、一箇の妓女を買ふ能はず。豈有此理!一斛の珍珠、偏へに一箇の美人を換へ来たす能はざるか。

(副浄)田漕台は老師相の同郷、彼に羞辱せられ、関係小さからず。(浄)正に是れ、彼の來るを待ち、自ら処置有らん。(外上る)老爺に禀す、小人旧院に至り、香君を尋ねしに、彼病を推託し、肯んじて楼を下りず。(浄尋思す)罷り!長班家人をして、衣服財礼を持たせ、竟に彼を娶らせよ。

【前腔】月老の幾番催促を須いず、一霎紅絲聯姻喜、花花彩轎門前に擠し、分毫茶禮を欠かさず。彼の鸨母の肯んずるか肯んぜざるかを管せず、竟に香君を轎上に拉し、今夜還た田漕撫の船上に送らん。彼を嚇して迷離痴するが如くならしめ、只だ煙波上に湘妃に逢ふと做さん。

(外等急ぎ応じて下る)(副浄喜ぶ)妙妙!此れ才て痛快なり。(末)天色太だ晚し、我れ告辞せん。(浄)正に快談に宜し、何ぞ即ち行かん?(副浄)労するに久しく陪するを費やし、晩生不安なり。(皆起身打躬す)(浄)還た遠く送り一歩すべし。(副浄、末)不敢。(連打三躬)(浄先ず内に入る)(副浄)難有きは令舅老師相の同郷の上に於て、此の義挙を行ふ;龍老も亦た行きて一助すべし。(末)如何にして助けん?(副浄)旧院は是れ汝の熟遊の処、竟に彼を拉し楼を下ろし、打發起身せしむる便し。(末)亦た彼を難す可からず。(副浄怒る)此れ還た彼を便宜せり。前番を想起せば、即ち此の奴才を處死すとも、我が恨みを泄らすに難し。

【尾声】当年の旧恨重ねて提起せば、便ち花を折り柳を損なふも心悔ゆること無し。那の侯朝宗空しく梳籠を一番なせり。今日を見よ、琵琶を抱くは誰が方に向かふを。

(副浄)封侯の夫婿幾時か帰る、

(末)独り妝楼を守り翠帷を掩ふ、

(副浄)巫山の風力の猛きを解せず、

(末)三更即ち雨雲の衣を換ふ。