第五十七回 真行者落伽山訴苦 仮猴王水簾洞謄文
第五十七回 真行者落伽山に苦を訴う 假猴王水簾洞に文を誊す
さて孫大聖は煩悩と苦悶に悩み、空中に飛び、花果山水簾洞に帰ろうと思ったが、また本洞の小妖たちに笑われるのを恐れた。笑って、我が出爾反爾(でじはんじ)で、大丈夫の器量ではないと言うであろう。天宮に身を投じようと思ったが、また天宮には長く住めないのを恐れた。海島に身を投じようと思ったが、また三島の諸々の神仙に会うのが恥ずかしかった。龍宮に赴こうと思ったが、また龍王に願い出るのが気に食わなかった。まさに寄る辺なく頼るところなし。自ら苦しく思い量って言った、「ええい、ままよ、やはり我が師匠に会いに行こう。ついにやはり正果を得るのだ。」
そこで雲頭を押し下げ、まっすぐに三蔵の馬の前に立ち侍って言った、「師匠、弟子をこの一度だけお許しください!今後は決して再び凶行を働きませぬ――師匠の教えを受け入れます。どうか必ずや、私があなたを護って西天へ参らせてください。」唐僧はこれを見て、さらに答えもせず、馬を止めると、すぐに緊箍児の呪を唱え始めた。転んでは返し、また二十数遍も唱えた。大聖を地に咒い倒し、箍が肉の中に一寸ばかりも食い込んで、ようやく口を止めて言った、「お前が帰らぬのに、また来て我に纏わりつくのは何のためか?」行者はただ叫んだ、「唱えるな、唱えるな。私は住むところがあるのだが、あなたが私無しでは西天に行けぬのが心配なのだ。」三蔵は怒って言った、「この猿公(さるこう)、殺生害命をして、何度も我に累を及ぼした。今は本当にお前は要らぬ。我が行けるか行けぬかは、お前の関知するところではない。早く行け、早く行け。遅れれば、また真言を唱える。今回は決して口を止めぬぞ。お前の脳漿まで絞り出してやる。」大聖は疼痛に耐え難く、師匠がさらに振り返らぬのを見て、やむを得ず、再び筋斗雲に乗って空中に飛んだ。忽然として悟った、「この僧は我が心に背いた。ひとまず普陀崖に行って、観音菩薩に告げよう。」
善きかな大聖、筋斗を引き返し、一辰(いっしん)も経たずに、すでに南洋大海に到着した。祥光を停め、まっすぐに落伽山に上り、紫竹林中に突き入ると、忽然として木叉行者が迎面して礼をするのを見た、「大聖はどこへ行かれるのか?」行者が言った、「菩薩にお目通りしたい。」木叉はすぐに行者を連れて潮音洞の口に来ると、また善財童子が礼をして言った、「大聖はどこから来られましたか?」行者が言った、「菩薩に申し上げたい事がある。」善財は「告」の字を聞いて、笑って言った、「口の巧い猿だなあ。まだ昔、私が唐僧を捕まえてお前が虐めた時と同じだ。我が菩薩は大慈大悲、大願大乗、救苦救難、無辺無量の聖善菩薩だ。何か不都合があって、お前が彼女を告げ口しようというのか?」行者は腹の中が鬱屈して、この言葉を聞くと、心中に怒りが湧き、「咄」と一声、善財童子を喝して退かせた、「この恩義に背く小畜生、実に愚かだ!お前はあの時、化けて妖怪を成していた。我が菩薩を招いてお前を収め、正法に帰依させ護持させた。今このような極楽長生、自在逍遥、天と同じく寿を得ているのに、まだ老孫に礼を言わず、かえってこのように我を侮るのか。我は用事があって菩薩に願い出に来たのだ。どうしてお前が、我が口が巧くて菩薩を告げ口すると言うのか?」善財は笑って答えた、「相変わらず気の短い猿だ。私はお前に戯れ言を言ったまでだ。どうしてすぐに顔色を変えるのか?」
まさに言っていると、白鵡哥が飛び交うのが見え、菩薩の呼び出しだと知って、木叉と善財は進み出て導き、宝蓮台の下に来た。行者は菩薩を望み見ると、身を倒して拝し、止めどもなく涙が泉のように湧き、声を放って大哭した。菩薩は木叉と善財に扶けさせて言った、「悟空、何か傷心の事があるなら、はっきりと言いなさい。泣くな、泣くな。我がお前のために救苦消災してやろう。」行者は涙を垂れて再び拝した、「昔、弟子が人であった時、いつこのような気を味わったことがありましょうか?菩薩に天災を解脱され、仏教に帰依し、唐僧を護って西天に往き仏を拝し経を求めんとして以来、我が弟子は身を捨て命を懸け、彼の魔障を救い解いてきました。それはまるで虎の口から脆骨を奪い、蛟龍の背から生きている鱗を剥ぐようなものでした。ただ正果に帰依し、孽障を洗い除かんと望んだのみです。どうしてあの長老が恩義に背き、一片の善縁を完全に惑わし、さらに是非曲直を弁別しないとは知りましょうか。」菩薩が言った、「しばらくその是非曲直の缘由を我に聞かせよ。」行者は草寇を打死した前後始終を、詳しく述べたてた。さて唐僧は彼が多くの人を殺したために、心に恨みを生じ、青紅皂白(せいこうそうはく)を分かたず、すぐに緊箍児の呪を唱え、彼を幾度も追い出したという。天に上る路なく、地に入る門もなく、特別に来て菩薩に告げるのだと。菩薩が言った、「唐三蔵は旨を奉じて西行し、一心に善を行じ僧と為り、決して軽々しく性命を害さぬ。お前のように無窮の神通がありながら、何故に多くの草寇を打死するに及ぶのか?草寇は悪いとはいえ、結局は人身であり、打死すべきではない。それは妖禽怪獣や鬼魅精魔とは異なる。それらを打死するのは、お前の功績だ。この人身を打死するのは、やはりお前の不仁である。ただ彼らを追い払えば、自然に師匠を救えたのだ。我の公平な論からすれば、やはりお前の非である。」
行者は涙を含んで叩頭して言った、「仮に弟子の非であったとしても、功をもって罪を償うべきで、このように我を追い出すべきではありません。万望むらくは菩薩、大いなる慈悲を発して、松箍児の呪を唱え、金箍を抜き取り、あなたにお返しして、我を放して元の水簾洞に帰り命を逃れさせてください。」菩薩は笑って言った、「緊箍児の呪は、元は如来が我に伝えたものだ。当年、我を東土に差し遣わして取経人を探させ、三つの宝を賜った。すなわち錦襴袈裟、九環錫杖、そして金・緊・禁の三つの箍である。秘密裏に三篇の呪文を伝授されたが、松箍児の呪というものは無い。」行者が言った、「それならば、私は菩薩に辞去いたします。」菩薩が言った、「お前が我に別れてどこへ行くのか?」行者が言った、「私は西天に上り、如来を拝謁し、彼に松箍児の呪を唱えてもらいに行きます。」菩薩が言った、「お前はまず留まれ。我がお前のために吉凶を占ってみよう。」行者が言った、「見るに及びません。ただこのままでも不吉で十分です。」菩薩が言った、「我はお前を見るのではない。唐僧の吉凶を見るのだ。」
善きかな菩薩、端座して蓮台に、心神を三界に運転し、慧眼を以て遥かに望み、遍く宇宙を観じ、しばしの間で口を開いて言った、「悟空、お前の師匠はたちまちの間に、身を傷つける災難があり、やがてお前を探しに来るであろう。お前はただここに居れ。我が行って唐僧に説き、彼に命じてなおお前と共に取経に行かせ、正果を了せしめよう。」孫大聖はただ帰依し、敢えて造次(ぞうし)せず、宝蓮台の下に侍立して言うまでも無し。
さて唐長老は行者を追い返してから、八戒に馬を牽かせ、沙僧に担子を担わせ、馬を合わせて四口、西に向かって五十里ばかりを進まざるに、三蔵は馬を止めて言った、「徒弟たち、五更に村舎を出てから、またあの弼馬温に気を損ねられ、この半日、飢えと渇きに苦しんでいる。誰か行って、斎飯を少し化けて来て我に食わせよ。」八戒が言った、「師匠、しばらくお馬を下りてください。私が近くに村があるか見て、斎飯を化けて来ましょう。」三蔵はこれを聞き、馬から転げ落ちた。呆子は雲頭に身を躍らせ、半空の中で詳しく見渡すと、一望全て山嶺で、人の家など思いもよらぬ。八戒は雲頭を押し下げ、三蔵に向かって言った、「しかし斎を化ける所はありません。一望の間、全て村や家屋はありません。」三蔵が言った、「斎を化ける所が無いなら、水を少し取って渇きを癒すのも良い。」八戒が言った、「私が南山の谷間に行って水を取って来ましょう。」沙僧はすぐに鉢盂を取り出し、八戒に渡した。八戒は鉢盂を捧げ持ち、雲霧に乗って去って行った。あの長老は路傍に座り、長らく待ったが、戻って来ず、あわれ口は乾き舌は苦しみ、耐え難かった。詩が有って証とする。詩に曰く、
保神養気これを精と謂う、情性元来一つの形に禀(う)く。
心乱れ神昏れば諸の病作る、形衰え精敗れ道元傾く。
三花成らずして空しく労碌し、四大蕭条として徒(むだ)に争を費やす。
土木功無くして金水絶え、法身疎懶にして幾時か成る!
沙僧は傍らで、三蔵が飢え渇きに耐え難いのを見、八戒はまた水を取りに来ず、やむを得ず行囊を安置し、白馬を繋ぎ止めて言った、「師匠、あなたはしばらくお座りください。私が水を催促に行って来ます。」長老は涙を含んで言葉も出ず、ただ頷いて応じた。沙僧は急いで雲光に乗り、また南山に向かって去って行った。
その師父は独りで耐え忍び、苦しみも甚だしかった。まさに悲しみに暮れている時、突然一声の響きを聞き、長老は驚いて身を起こして見ると、なんと孫行者が路傍に跪き、両手で磁器の杯を捧げて言うには「師父、俺様が居なければ、あなた様は水さえも飲めやしません。この一杯の冷たい水、まずはお飲みになって喉を潤し、私がまた托鉢に参ります」と。長老が言うには「お前の水は飲まぬ。すぐに渇き死んでも、私は天命に任せる。お前はもう要らぬ。去れ」と。行者が言うには「私無しでは、あなた様は西天へは行けませぬぞ」と。三蔵が言うには「行けるも行けぬも、お前の知ったことではない。この乱暴な猿め、なぜしつこくまとわりつくのだ」と。その行者は顔色を変え、怒りを発し、長老を罵って言うには「この薄情な禿め! まったくもって私を軽んじおって」と。鉄の棒を振り上げ、磁器の杯を投げ捨て、長老の背中を一撃した。長老は暈倒して地に伏し、言葉も出せず、彼に二つの青いフェルトの包みを手に取られ、筋斗雲に乗って、どこへともなく去って行った。
さて、八戒は鉢を捧げ持って、真っ直ぐ南山の麓へと向かった。すると突然、山のくぼみの中に草葺きの家があるのを見つけた。もとより先に見た時は、高い山に遮られて見えなかったのだが、今その目前に来て、初めて人家と知った。呆子は密かに思うには「俺がこの醜い面構えでは、人は必ず怖がって、骨折り損のくたびれ儲けで、どうあっても托鉢は叶うまい。どうにか姿を変えねば、どうにか姿を変えねば」と。
良きかな呆子、印を結び、呪文を唱え、体を七八回揺すると、痨病に罹り、顔色が青ざめて痩せ細った僧に変わり、口をひくひくさせながら家の前に近づき、叫んで言うには「施主様、台所にご飯の残りがございましたら、道に飢えた者がおります。貧僧は東土の大唐より参りました、西天へ経典を求めに行く者です。私の師父が道中で飢えと渇きに苦しんでおります。お宅に鍋焦げや冷や飯がございましたら、どうか少しばかり恵んで急場をしのがせて下さい」と。もとよりその家の男衆は皆不在で、田植えに出払っていた。女二人だけが家におり、ちょうど昼飯を炊き終え、二つの盆に盛って、田んぼへ届けようと片付けているところで、鍋にはまだ飯と鍋焦げが残っており、盛り切ってはいなかった。その女は彼の病み衰えた様子を見て、また東土から西天へ行くと言うので、ただ病に朦朧としてわけのわからぬことを言っているのではと心配し、また彼が倒れて門口で死ぬのも怖れた。やむを得ず、残り飯と鍋焦げを、鉢一杯に満たして与えた。呆子はそれを持ち帰り、元の姿に戻り、真っ直ぐ来た道を引き返した。
ちょうど歩いていると、誰かが「八戒」と呼ぶのを聞いた。八戒が顔を上げて見ると、沙僧が山の崖の上に立って叫んでいた「こちらへ、こちらへ」。崖を下りて、向かい合って言うには「この谷川には良い清水があるのに、なぜ汲まないで、どこへ行っていたのだ」と。八戒は笑って言うには「俺はここへ来て、山のくぼみに人家があるのを見つけて、この鉢一杯の乾いた飯を托鉢して来たのだ」と。沙僧が言うには「飯も有り難いが、師父はひどく喉を渇かしておられる。どうやって水を手に入れるかだ」と。八戒が言うには「水も容易いことだ。お前は衣の裾でこの飯を包め。俺は鉢で水を汲んで来る」と。
二人は喜び勇んで道に戻ると、三蔵が地面に俯せに、埃の中に倒れていた。白馬は手綱を解かれ、路傍で長く嘶き、走り回っていた。行李の担ぎは影も形もなかった。慌てて八戒は胸を打ち、足を踏み鳴らし、大声で叫んで言うには「言うまでもない、言うまでもない、これはきっと孫行者が追い払った残党どもが、ここに来て師父を打ち殺し、行李を奪い去ったに違いない」と。沙僧が言うには「まず馬を繋げ!」と。ただ叫んで言うには「どうしよう、どうしよう? これこそまさに中途半端、半端で止まるというものだ」と。一声「師父」と叫び、目に涙を浮かべ、悲しみの余り声を上げて泣いた。八戒が言うには「兄弟、まず泣くな。今や事ここに至っては、経典を取りに行く話は、ひとまず措こう。お前は師父の死体を見ていろ。俺が馬に乗って、どこかの府や州や県や郷や村や店や市場で幾らかの銀両に売り、棺桶を買い、師父を葬り、我々二人はそれぞれに道を求めて散ろう」と。
沙僧はどうしても見捨てるに忍びず、唐僧の体を引き起こし、自分の顔を彼の顔に当てて、一声泣いた「辛い目に遭われた師父よ!」と。するとその長老の口と鼻からは熱い息が吐き出され、胸は温かく、続け様に叫んだ「八戒、来い、師父は命に別状はない」と。その呆子がようやく進み出て長老を支え起こした。長老は意識を取り戻すとしばらく呻き、罵って言うには「あの悪い猿め、私を打ち殺すかと思った」と。沙僧と八戒が問うには「どの猿でございますか?」と。長老は物言わず、ただ溜息をついた。そして水を求めて数口飲んでから、ようやく言うには「弟子たちよ、お前たちが去った後、あの悟空がまた来て私にまとわりついた。私は固く彼を留めなかったところ、彼は私を一撃し、青いフェルトの包みをことごとく奪い去った」と。八戒はこれを聞いて、歯をギリギリと食いしばり、胸の内に火がついて言うには「憎らしいあの猿め! よくもそんな無礼を働いたな!」と。叫んで言うには「沙僧よ、お前は師父の世話をしろ。俺が彼の家へ荷物を返してくれるよう頼みに行く」と。沙僧が言うには「まず怒りを鎮めよ。我々は師父をあの山のくぼみの家に連れて行き、熱い茶でも恵んでもらい、先に托鉢した飯を温め直し、師父を養生させてから、彼を探しに行こう」と。
八戒は言う通りにし、師父を馬に乗せ、鉢を持ち、冷や飯を包んで、その家の門口まで来た。見ると、その家には老婆一人だけが家におり、突然彼らを見て、慌てて逃げ隠れした。沙僧は合掌して言うには「お婆様、我々は東土の唐朝より西天へ遣わされた者です。師父が少し御気分が優れませぬので、特に御宅に参りまして、熱い茶を一杯恵んで頂き、御飯を差し上げたく存じます」と。その老婆が言うには「先ほど痨病に罹った僧がいて、東土から来たと言い、もう托鉢して去って行ったが、また何の東土の者だというのか? 私は家に人が居らぬゆえ、他所へお回り下され」と。長老はこれを聞き、八戒に支えられ、馬から下りて身をかがめて言うには「お婆様、私には三人の弟子がおりまして、心を合わせ力を合わせ、私を守って西方のに至り、仏に拝し経典を求めさせてくれました。ただ私の大弟子(孫悟空という)は生まれつき凶悪で、善道に従わぬため、私が追い返したのです。思いがけず彼がこっそりとやって来て、私の背中を一撃し、私の行李や衣鉢を奪い去りました。今、一人の弟子を遣わして彼を探し取り戻そうとしておりますが、露路では休む場所もございませんので、特に御宅に暫時お休みさせて頂こうと参った次第です。行李を取り戻しましたらすぐに立ち去りますゆえ、決して長居は致しませぬ」と。その老婆が言うには「先ほどの痨病に罹り、顔色が青ざめて痩せ細った僧が、托鉢をして去って行きましたが、同じく東土から西天へ行くと言っておりました。どうしてまた一団が来るので?」と。八戒は思わず笑って言うには「それが私でございます。私は嘴が長く耳が大きい醜い顔で生まれましたので、お宅で怖がられて、托鉢を断られては困ると思い、あのような姿に変えたのです。お疑いならば、私の兄弟の衣の裾にあるのは、お宅の鍋焦げ飯ではございませんか?」と。
その老婆は確かに自分の与えた飯だと見分け、もはや拒まず、彼らを座らせた。そして一壺の熱い茶を沸かし、沙僧に渡して飯に掛けさせた。沙僧は冷や飯を掛け、師父に差し出した。師父は数口食べ、気を静め、しばらくしてから言うには「誰が行李を取りに行くのか?」と。八戒が言うには「一昨年、師父が彼を追い返された時、私が一度彼を尋ねたことがあり、彼の花果山水簾洞を知っております。私が行かせて下さい、私が行かせて下さい」と。長老が言うには「お前は行くな。あの猿は元来お前と仲が良くない。お前は言葉遣いが荒いゆえ、万一言葉のやり取りに少しでも間違いがあれば、彼はお前を打つであろう。悟浄に行かせよう」と。沙僧は声を上げて応じた「私が行きます、私が行きます」と。長老はまた沙僧に言い含めて言うには「お前、そこに行ったならば、様子を見よ。彼がもし荷物を渡すならば、お前は礼を装って受け取って帰って来い。もし渡さぬならば、決して彼と争うな。直接南海の菩薩の御許へ行き、事の次第を菩薩に申し上げ、菩薩に請うて彼に問わせてもらえ」と。沙僧は一つ一つ従った。八戒に向かって言うには「私は今彼を探しに行く。お前は決して焦るな。しっかりと師父を養生せよ。この家でも決して乱暴を働くな。恐らく飯を恵んでもらえなくなる。私は行ってすぐに帰る」と。八戒は頷いて言うには「分かった。だがお前が行って、取れようが取れまいが、早いうちに帰って来い。天秤棒の両端を一度に落とすようなことになるな」と。沙僧は印を結び、雲に乗って、真っ直ぐ東勝神洲へと向かった。まことに:
身は神飛び、舎に守られず、炉に火無くして怎んで丹を焼かん。
黄婆は主を別れて金老を求め、木母は師を延べて病顔に耐う。
此の去、何れの日にか返らんを知らず、此の回、幾時の還るかを量り難し。
五行の生克、情順わず、只だ心猿の復た関に入るを待つ。
那沙僧は半空の中を、三昼夜も進み続けてようやく東洋大海に至り、忽ち波の音を聞いた。頭を下げて見渡せば、まさに黒霧が天を覆い陰気が盛んであり、滄海は日の光を映して暁の寒さが感じられた。彼も観賞する心はなく、仙山を望みながら瀛洲を渡り、東方へ向かって花果山の地境に直行した。海風に乗り、水勢を踏んで、さらにしばらく過ぎると、高峰が戟のように並び立ち、峻壁が屏風のように懸かっているのが見えた。峰の頂に至り、雲を押さえて道を探しながら山を下り、水簾洞を探し求めた。近くに歩み寄ると、山中の無数の猴精が乱暴に騒ぎ立てているのが聞こえた。沙僧がさらに近づいてよく見直すと、何と孫行者が高く石台の上に座り、両手で一枚の紙を引き伸ばし、朗々と読み上げていた:
「東土大唐王皇帝李、駕前にて敕命した御弟聖僧陳玄奘法師、西方天竺国娑婆霊山大雷音寺に赴き、専ら如来仏祖を拝して経を求む。朕、急病に身を冒され、魂は地府を遊歴せしが、幸いに陽寿なお長く、冥君を感動させて我を回生せしめ、広く善会を設け、度亡の道場を修建す。盛んに救苦救難の観世音菩薩の金身が現れ、西方に仏と経あり、亡魂を度して超脱せしむることを指示せられ、特に法師玄奘を派遣し、遠く千山を歴て、経偈を詢い求む。もし西邦の諸国を過ぐれば、善縁を減ぜず、牒に照らして施行せよ。大唐貞観一十三年秋吉日、御前文牒。大国を別れて以来、諸国を経過し、中途にて大徒弟孫悟空行者、二徒弟猪悟能八戒、三徒弟沙悟浄和尚を収む。」
これを読み終えて、また初めから読み返した。
沙僧はそれが通关文牒であると聞き、思わず近くに迫って高声に叫んだ:「师兄、師父の関文をなぜ読んでいるのですか?」その行者はこの言葉を聞いて、慌てて頭を上げたが、沙僧とは知らず、「持って来い、持って来い」と叫んだ。衆猴が一斉に囲み寄り、沙僧を引きずり寄せて、近くに連れて行き、叱りつけた:「お前は何者だ、よくも勝手に我が仙洞に近づいたな?」沙僧は彼が顔を変え、認めようとしないのを見て、やむを得ず進み出て礼をして言った:「师兄に申し上げます:先に確かに師父の性情が荒かったため、誤って师兄を責め、师兄を幾度も呪って、家に追い返しました。一つには师弟たちが諫めなかったからであり、二つには師父が飢え渇いていたため、私が水を探しに行き斎を乞いました。思いがけず师兄が好意でまた戻られたのに、師父が法を執り行って情けを残さなかったことをまた責め、師父を地面に打ち倒し、気を失わせました。行李を奪い去りました。その後、私たちは師父を救い起こし、特に来て师兄に拝謁しました。もし師父を恨まず、かつての解脱の恩を念じるなら、小弟と共に行李を持って戻り、師父と共に西天へ上り、この正果を成し遂げてください。もし恨みが深く、同行を拒むなら、どうか包袱を小弟に賜り、兄長は深山にて晩年を安んじ、それも確かに両全の道でございます。」
行者はこれを聞いて、呵呵と冷笑して言った:「賢弟よ、この言葉は私の意に全く合わぬ。私が唐僧を打ち、行李を奪ったのは、私が西天に行かぬからでも、ここに住みたいからでもない。私は今、関文を熟読し、自ら西天に上り仏を拝して経を求め、東土に送り届け、私一人で成功し、あの南赡部洲の人々に我を祖師と尊ばせ、万代に名を伝えるのだ。」沙僧は笑って言った:「师兄の言うことは妥当ではありません。未だかつて孫行者が経を取りに行くという話は聞いたことがありません。我が仏如来が三蔵真経を造られたのは、元々観音菩薩に東土へ行き、取経人を探して来させるためであり、私たちに千山万水を経て、諸国を探訪し、その取経人を護らせるためです。菩薩は曾て言われました:取経人は如來の弟子で、金蝉長者と号すると。ただ彼が仏祖の講経を聴かず、霊山から貶され、東土に転生し、西方にて正果を修め、正道を重ねるよう命じられました。道中にはこれらの魔障があるべきで、私たち三人を解脱させ、彼の護法とされました。兄長がもし唐僧と同行せずに、どの仏祖が経を伝えてくれましょう?それは無駄な苦心に終わるのではありませんか?」その行者が言った:「賢弟よ、お前は元々愚かで、一を知って二を知らぬ。お前には唐僧がいて、私と共に彼を護ると考えているが、私には唐僧がいないと思うか?私はここに別の有道の真僧を選び、自ら経を取りに行くのだ。老孫が一人で扶持する、何の不都合があろう?既に明日の朝早くに出発することを決めた。お前が信じぬなら、呼び出して見せてやろう。」と叫んだ:「小どもたち、早く老師父を連れて来い。」果たして中へ走り込み、一匹の白馬を引き出し、一人の唐三藏を連れ出した。後に八戒がついてきて、行李を担ぎ、一人の沙僧が錫杖を持っていた。
この沙僧はこれを見て、大いに怒り言った:「我が老沙は行きて名を変えず、座して姓を改めず、どこにもう一人の沙和尚がいるものか?無礼を働くな、一杖食らわせよ!」好沙僧、両手で降妖杖を掲げ、仮の沙僧を頭から打ち倒した。よく見れば、これは一匹の猴精であった。その行者は怒り、金箍棒を振るい、衆猴を率いて、沙僧を囲んだ。沙僧は東に突き西に衝き、路口を打ち破り、雲に乗って逃げ去りながら言った:「この泼猴、かくも無頼である。私は菩薩に告げに行く。」その行者は沙僧が一匹の猴精を打ち殺し、沙和尚を追い払ったのを見て、追わなかった。洞に戻り、小どもたちに命じて打ち殺された妖尸を脇に引きずり、皮を剥ぎ、肉を取って煎炒し、椰子酒、葡萄酒と共に、群猴と皆で食べた。別に変化のできる妖猴を選び、再び沙和尚に変えさせ、新たに教え導き、西天に向かおうとしたが、それはさておき。
沙僧は一たび雲に乗って東海を離れ、一日一夜を行き、南海に至った。ちょうど進む時、遠くに落伽山が近いのが見えた。急ぎ近くに至り、雲を低く留めて見渡せば、良い場所である!果たして:
乾坤の奥を包み、坤の区域を括る。百川を集めて日を浴び星を滔らせ、衆流を帰して風を生じ月を漾わす。潮発すれば騰凌して大鯤化し、波翻れば浩蕩として巨鼇遊ぶ。水は西北海に通り、浪は正東洋に合す。四海は連なって同じく地脈、仙方の洲島は各々仙宮。満地の蓬莱を言わず、且つ普陀の雲洞を見よ。好い景致!山頭の霞彩は元精を壮んにし、岩下の祥風は月晶を漾わす。紫竹林の中に孔雀が飛び、緑楊の枝に霊鸚が語る。琪花瑶草は年々秀で、宝樹金蓮は歳々生ず。白鶴は幾度か頂上に朝し、素鸞は数次山亭に到る。遊魚もまた真性を解し、浪を越え波を穿って講経を聴く。
沙僧はゆっくりと歩いて落伽山に上がり、仙境を観賞した。只見る木叉行者が向かいから迎えて来て言った:「沙悟浄、お前は唐僧を護って経を取りに行かず、ここに来て何をする?」沙僧は礼を終え、言った:「一事があって特に菩薩に拝謁しに来ました。お手数ですが、お引き合わせください。」木叉は心の中で彼が行者を探しに来たと知りつつ、更に言及せず、先に入って菩薩に言った:「外に唐僧の小弟子沙悟浄が拝謁を請うております。」孫行者は台下でこれを聞き、笑って言った:「これはきっと唐僧に難が有り、沙僧が菩薩を請いに来たのだ。」菩薩は直ちに木叉に命じて門外に彼を呼び入れさせた。この沙僧は身をかがめて下拝し、拝み終え、頭を上げてまさに前事を語ろうとしたところ、忽然と孫行者が傍らに立っているのを見て、言葉を待たずに降妖杖を抜き、行者に向かって頭から打ちかかった。この行者は更に手向かわず、身をかわして避けた。沙僧は口の中で乱暴に罵った:「私はお前という十悪を犯し反逆する泼猴を!また菩薩を欺こうとするのか。」菩薩は叱りつけて言った:「悟浄、手を出すな。何かあればまず私に話せ。」
沙僧は宝杖を収め、再び台下にひれ伏し、怒り心頭に発して菩薩に申し上げた。「この猿は道中、凶行を繰り返し、その数は数え切れませぬ。先日、山の麓で二人の道を塞いで略奪する強盗を打ち殺したところ、師匠がそれを咎められました。ところが、夜になって賊の親分の家に泊まった際、さらに賊の一団を皆殺しにし、血まみれの生首を一つ、師匠の目の前に差し出したのです。師匠は驚いて馬から転げ落ち、彼を罵って追い返しました。別れた後、師匠は飢えと渇きに耐えかね、八戒に水を探しに行かせました。長く待っても戻らず、今度は私に彼を探すよう命じられました。ところが、孫行者は我々二人が不在と見るや、戻ってきて師匠を鉄の棍棒で一撃し、青い毡の包み二つを奪い去りました。我々が戻って師匠を救い起こし、わざわざ彼の水簾洞まで行って包みを取り戻そうとしたところ、彼は顔を変えて私を認めず、師匠の通行証を何度も読み返していました。私がそれを何のために読むのかと問うと、彼は『もう三蔵法師は守らぬ。俺は自分で天竺へ経典を取りに行き、東土に届けて、我が功績とし、俺を祖師と立て、万世に語り継がせよう』と言いました。そこで私が『三蔵法師がいなければ、誰が経典をお前に渡すものか』と言うと、彼は『一人の道ある真の僧を選んだ』と言い、呼び出してみると、確かに白馬一頭、三蔵法師がおり、後に八戒と沙僧が従っていました。私は『我こそは沙和尚だ。どこにもう一人の沙和尚がいるものか』と言い、駆け寄って宝杖で打ちましたが、それは猿の化け物でした。すると彼は群れの猿を率いて私を捕まえようとしたため、私は特にここへ来て菩薩に申し上げたのです。まさか彼が觔斗雲を使い、先回りしてここへ来ていたとは知りませんでした。また、どのような巧言令色で菩薩を欺いたのかも分かりませぬ。」菩薩は言われた。「悟浄よ、人を不当に責めてはならぬ。悟空はここへ来て、今日で四日になる。一度も戻らせたことはなく、彼に別に三蔵法師を招き、自ら経典を取りに行く意志などあるはずがない。」沙僧は言った。「しかし今、水簾洞には孫行者がおります。どうして私が偽りを申せましょうか。」菩薩は言われた。「それならば、焦ることはない。悟空を連れて花果山へ行き、確かめてみよ。真は滅ぼし難く、偽は除き易い。行けば自然に明らかになるであろう。」
この大聖はこれを聞き、沙僧と共に菩薩に別れを告げた。この一行、赴くところは:
花果山の前で黒白を分かち、水簾洞口で真偽を弁ず。
はたしてどのようにして見分けるのかは、次の回で解き明かそう。
