第八十七回 鳳仙郡冒天致旱 孫大聖勧善施霖
大道の理は幽遠にして測り難く、いったん説き明かせば鬼神も驚く。その中に宇宙を含み、玄妙な光明を分析すれば、真の楽しみ世に比類なし。霊鷲峰の前にて宝珠を取り出せば、明らかに五つの光彩を映し出す。乾坤の上下、全ての生きとし生けるものを照らし、知る者は寿命山海の如く長し。
さて、唐僧师徒四人は樵夫に別れを告げ、隠霧山を下りて大路へと向かった。数日歩いた後、忽ち一つの城が近づくのを見た。唐僧が言う、「悟空よ、あの前方の城を見よ。天竺国か?」行者は手を振って言う、「違う、違う。如来のところは極楽世界と称するも、城は無く、一つの大山あり。山の中に楼台殿閣あり、これを霊山大雷音寺という。たとえ天竺国に至るとも、如来の住処には非ず。天竺国は霊山までなお幾千里の道のりか知れぬ。あの城は天竺国以外の一郡県に過ぎまい。境に至って初めて明らかになろう。」
やがて城外に至り、唐僧は馬を下り、三道の城門を入る。民間の事務は荒涼とし、街は冷ややかに寂れている。さらに市の口に至れば、多くの青衣を着た者たちが左右に列し、数人の官帽を戴き官服を着た者が軒下に立っていた。四人は街に従い歩くも、人々は避けようともしない。猪八戒は粗野愚鈍で、長い嘴を突き出し叫ぶ、「道を空けよ、道を空けよ。」人々は忽ち頭を上げ、彼らの姿を見て、一人残らず骨も軟らか筋も麻痺し、蹌踉踉と倒れ込み、「妖怪が来た、妖怪が来た!」と言う。怖れをなした軒下の官帽を戴く者たちは戦戦兢兢として身をかがめ問う、「どこから来られた?」唐僧は彼らが禍を起こすのを恐れ、自ら先頭に立ち、人々に向かい言う、「貧僧は東土大唐の皇帝のもとから出発し、天竺国大雷音寺にて仏祖を拝し真経を求める者です。貴地を通り過ぎるに、一つには地名を知らず、二つにはまだ宿を求めず、城に入りし際多く避けざる所あり、どうか各位の大人の御容赦をお願いします。」その官員がようやく礼をなし言う、「ここは天竺国の一外郡、地名を鳳仙郡と申します。連年の干魃に、郡侯が我々に命じここに榜文を掲げ、法師を募り雨を祈り民を救わんとしております。」行者は聞いて言う、「そなたたちの榜文はどこにある?」衆官が言う、「榜文はここにございます。先ほど走廊の軒先を掃き、まだ貼り出しておりません。」行者が言う、「我に見せよ。」衆官はすぐに榜文を広げ、軒下に掛ける。行者四人は前に進み共に眺める。榜にはこう記されていた:
大天竺国鳳仙郡郡侯上官、榜を出し高明の法師を聘し、大法を招き求むる事を為す:本郡の土地は広闊、軍民は殷実なるも、連年干魃、多年荒歉し、百姓の田地は荒れ果て軍士の土地は瘠せ、河道は浅く溝渠は涸れきる。井の中に水無く、泉の底に流れ無し。富める家は姑く命を全うするも、窮苦の百姓は生きるに難し。一斗の米は百金に値し、一束の薪は五両の銀に値す。十歳の女児は三升の米と換えられ、五歳の男児は人に従い連れ去らる。城の中の人は法を畏れ、衣や物を質に入れ身を存す。郷の中の人は公を欺き法を枉げ、劫して食らい命を顧みる。此の故に榜を出し、十方の賢哲を仰ぎ、雨を求め民を救わん。恩情は重く報いるべく、願わくは千金を以て酬い、決して虚言せじ。必ず榜を張り告示す。
行者は読み終え、衆官に向かい言う、「郡侯上官とは何の意味か?」衆官が言う、「上官は姓で、これが我が郡侯の姓にございます。」行者は笑って言う、「この姓は珍しい。」八戒が言う、「兄者は書を読んだことがない。『百家姓』の後に『上官欧陽』という一句がある。」唐僧が言う、「弟子たちよ、暫し閑談を休めよ。誰か雨を求める者がおれば、一つの良き雨を施し、民の疾苦を救うがよい。これは万善の事なり。もし能わざれば、道を急ぎ、歩みを遅らせるな。」行者が言う、「雨を求めることなど何の難があろう?我が老孫、海を翻し江を倒し、斗を換え星を移し、天を蹴り井を弄り、霧を吐き雲を噴き、山を担ぎ月を追い、雨を呼び風を喚ぶ。どれ一つとして幼き頃に遊び戯れた芸当にあらざるか?何の珍しきことかある?」
衆官はこれを聞き、二人を急ぎ郡府に遣わし報告す、「旦那様、天にも昇る喜びが参りました。」その郡侯は香を焚き黙祷していたが、喜びの報告を聞き問う、「何の喜びか?」その官員が言う、「本日、榜文を領し、市の口に貼り出さんとせしところ、四人の僧あり。自ら東土大唐よりに仏を拝み経を求めるに派遣されし者と称し、榜文を見て能く良き雨を求めんと言い、特に報告に参りました。」
その郡侯は即座に衣を整え徒歩にて行き、輿や馬、多勢を用いず、直ちに市の口に至り、礼を以て誠心を尽くし招く。忽ち人に報告す、「郡侯の旦那様がお見えになった。」人々は道を空ける。その郡侯、唐僧を見るや、その弟子の醜悪を恐れず、街の只中に身を倒し拝し言う、「下官は鳳仙郡郡侯上官氏にございます。沐浴し香を焚き、老師を拝し雨を祈り民を救わんと請います。どうか老師、大いなる慈悲を発し、神功を用い、救い給え。」唐僧は礼を返し言う、「ここは話すに相応しき場所にあらず。貧僧が寺や道観に至りてこそ、事を行い易し。」郡侯が言う、「老師、同じく小役所に至り給え。清浄な場所がございます。」
师徒たちはよって馬を牽き担を担ぎ、直ちに府中に至り、一人一人と相見える。郡侯は即座に茶を点て齋を整えさせ、やがて齋が到着す。その八戒は放埒に呑み食らい、餓えた虎の如し。嚇された皿を運ぶ者たちは心戦き胆震い、行き来しつつ湯を加え飯を添え、走馬灯の如く、やっと供し終えるや、飽くまで食らい尽くして止む。齋終わり、唐僧は齋に礼を述べ、問う、「郡侯の大人よ、貴地の干魃はどれほどの年数か?」郡侯が言う:
「敝地大邦天竺国、鳳仙外郡我が管す。
一連三年干魃に遇い、草の種も生ぜず五穀絶ゆ。
大小の家々売買難く、十門九戸ことごとく啼く。
三割は餓死し二割は人、一割はなお風の中の蝋燭の如し。
下官榜を出し遍く賢を求め、幸いに真僧が我が国に来たるを遇う。
もし小雨を施し百姓を済わば、願わくは千金を奉じ厚き徳に報いん!」
行者はこれを聞き、満面に喜色を浮かべ、呵呵と笑い言う、「言うな、言うな。もし千金を謝礼と言わば、半滴の甘雨も無し。ただ積功累徳を論ずるならば、老孫、そなたに一つの大雨を送らん。」その郡侯、元来極めて清正賢良にて、民を愛する心厚く、行者を上座に請じ、頭を下げ拝し言う、「老師、誠に大いなる慈悲を発し給わば、下官、必ずや恩徳に背くこと有るまじ。」行者が言う、「暫し言葉を休めよ。起き上がられよ。ただ我が師を良く見守り給え。老孫が事を行わん。」沙僧が言う、「兄者、どのように事を行うのか?」行者が言う、「そなたと八戒よ、こちらに来い。この廳堂の下にて我に従い助手を務めよ。老孫が龍を呼び雨を行わん。」八戒、沙僧は謹んで命令を遵い、三人とも廳堂の下に立つ。郡侯は香を焼き礼拝す。唐僧は座し経を誦す。
行者は真言を念じ、咒語を誦す。忽ち正東の上に一つの黒雲あり、次第に廳堂の前に降り立つ。それは東海の老龍王敖広なり。その敖広は雲脚を収め、人の形に化し、前に進み出で、行者に向かい身をかがめ礼をなし言う、「大聖、小龍を呼び寄せられ、どこに用いられますか?」行者が言う、「起きよ。遠路を煩わせし、別の事にあらず。ここは鳳仙郡、連年干魃なり。問う、なぜ来たりて雨を降らさぬ?」老龍が言う、「大聖に申し上げます。我は雨を降らすこと能うも、天の差遣に由るものです。天の差遣無くば、どうして擅にここに来たり雨を降らせましょうや?」行者が言う、「我はここを通り過ぎ、久しい干魃に民の困窮せるを見、特にそなたを呼びここに雨を施し救わんとしたのだ。どうして推し避ける?」龍王が言う、「どうして推し避けましょう?ただ、大聖が真言を念じ呼び給えば、敢えて来ざるを得ませぬ。一つには天の御旨を奉じておらず、二つには雨を降らす神将を連れておらず、どうして雨部を動かせましょう?大聖に救済の心あらば、小龍が海に帰り兵を点ずるを許し、大聖は天宮に至り奏上し、降雨の聖旨を請い、水官に命じ龍を放出させ給え。そうすれば我は旨意の数に従い雨を降らせましょう。」
行者、彼の言う道理を聞いて、已むを得ず老龍を海に帰した。彼は罡斗から飛び出し、唐僧に龍王の事を詳しく話した。唐僧が言うには、「そういうことなら、お前が行ってやれ。決して嘘をつくな」と。行者は八戒と沙僧に言い付けた。「師父を守れ。俺は天宮へ行く」。大聖、良し、と言うや否や、姿は消え失せた。その郡侯は戦き恐れて言った。「孫様はどこへ行かれたのか?」八戒は笑って言った。「雲に乗って天へ行ったのだ」。郡侯は非常に敬い、飛報を出させ、城の大通り小路、公卿士庶、軍民人などを問わず、家々に龍王の位牌を祀らせ、門口に清水の甕を置き、甕には柳の枝を挿し、香火を捧げて天を拝ませた。これは措いておく。
さて行者は一つの觔斗雲に乗り、西天門に到ると、早くも護国天王が天丁、力士を率いて迎えに出て言った。「大聖、取経の旅は終わったのか?」行者は言った。「もう遠くはない。今、天竺国の境まで来て、鳳仙郡という外郡がある。そこは三年雨が降らず、民は大変苦しんでいる。老孫は雨を祈って救おうと思い、龍王を呼び寄せたが、彼は勅命がなければ勝手にはできないと言うので、特に玉帝に拝謁して許可を請いに来たのだ」。天王は言った。「あの辺りは雨を降らせるべきではないらしい。以前聞いた話では、あの郡侯が乱暴を働き、天地を冒涜したので、上帝が咎められ、米山、麺山、黄金の大鎖を立てられた。これら三つの物事が終わって初めて雨が降るべきなのだ」。行者はこの意味が分からず、玉帝に拝謁しようとした。天王は止めることができず、彼を通した。通明殿の外に至ると、また四大天師が迎えて言った。「大聖は何の用でここへ?」行者は言った。「唐僧を守って天竺国の境、鳳仙郡に至ったが、そこは雨が降らず、郡侯が師を招いて雨を祈った。老孫が龍王を呼び、雨を降らせようとしたところ、玉帝の勅命を受けていないので勝手にはできないと言う。よって特に許可を請いに来て、民の苦しみを救おうと思うのだ」。四大天師は言った。「あの地は雨を降らせるべきではない」。行者は笑って言った。「降らせるべきかどうかは、取り次いで奏上していただきたい。老孫の顔がどれほど利くかを見たいものだ」。葛仙翁は言った。「諺に『蝿が網の冠をかぶる──大きな面の皮』と言うがな」。許旌陽は言った。「無駄話はよせ。とにかく彼を連れて入れ」。
丘洪済、張道陵、葛、許の四真人が行者を連れて霊霄殿の下に至り、奏上した。「陛下、孫悟空が天竺国鳳仙郡に至り、雨を祈ろうとして、特に許可を請いに参りました」。玉帝が言った。「あの奴め、三年前の十二月二十五日、朕が万天を巡視し、三界を遊行した折、彼の地に至ったところ、あの上官正が不仁にも、天に供えた素の供え物を押し倒して犬に与え、汚い言葉を吐き、冒涜の罪を犯した。朕は即座に三つの事を立て、披香殿に置いた。汝ら、孫悟空を連れて行って見せよ。もし三つの事が成就したなら、その時に彼に許可を下す。もし成就しなければ、余計なことに構うな」。
四天師は即座に行者を披香殿に連れて行って見せた。そこには米の山が一つ、高さおよそ十丈ほどあり、麺の山が一つ、高さおよそ二十丈ほどあった。米の山の側には拳ほどの大きさの鶏が一羽いて、急に嘴を入れ、ゆっくり嘴を入れ、その米を啄んで食べている。麺の山の側には金色の毛をした狛犬が一匹いて、長く舌を出し、短く舌を出し、その麺を舐めている。左側には鉄の台が懸かっており、その台には金の錠前が掛けてある。長さはおよそ一尺三、四寸、錠の棒は指ほどの太さで、下には明るい灯りがあり、灯の炎がその錠の棒を焼いている。行者はその意味が分からず、振り返って天師に尋ねた。「これはどういう意味ですか?」天師が言った。「あの奴が上天に触れたので、玉帝がこの三つの事を立てられた。鶏が米を啄み尽くし、犬が麺を舐め尽くし、灯の炎が錠の棒を焼き切って初めて、雨が降るべきなのだ」。
行者はこれを聞いて、大いに驚き色を失い、再び奏上する勇気もなく、殿を出て、顔中に恥じらいを浮かべた。四天師は笑って言った。「大聖、心配するには及びません。この事はただ善を行うことで解けます。もし一つの善い思いが起こり、上天を動かせば、米の山や麺の山は即座に倒れ、錠の棒も即座に切れましょう。あなたが彼に善に帰するよう勧めれば、福は自然に来ます」。行者はその言葉に従い、霊霄殿に上って玉帝に暇を告げず、直接下界に降りて凡夫の許に戻った。しばらくして西天門に至ると、また護国天王に会った。天王は言った。「許可はどうだった?」行者は米の山、麺の山、金の錠前のことを一通り話し、「確かにお前の言う通りで、勅命は下りなかった。先ほど天師が私を見送り、あの奴に善に帰するよう勧めよと言った。それが福の元だとな」と言った。そして別れを告げ、雲を降ろして下界に下りた。
その郡侯は三蔵、八戒、沙僧、大小の官員たちと共に待ち受け、皆が群がって問いかけた。行者は郡侯に一声喝して言った。「お前が三年前の十二月二十五日に天地を冒涜したために、黎民が苦難に遭っている。今、雨を降らせようとしないのだ」。郡侯は慌てて地にひれ伏して言った。「先生はどうして三年前のことをご存じなのですか?」行者は言った。「お前は天に供えた素の供え物を、どうして押し倒して犬に与えたのか?ありのままに話せ」。郡侯は隠し立てできず、言った。「三年前の十二月二十五日、本庁で天に供え物をしておりましたところ、妻が賢くなく、悪言を交わして争い、一時の怒りで無知にも供え机を押し倒し、素の料理をこぼし、確かに犬を呼んで食べさせました。この二年間、心に留め、気もそぞろで、どこにも打ち明けることができませんでした。まさか上天が咎められ、黎民に害を及ぼすとは思いませんでした。今、先生のご降臨に遭い、どうか明らかにお示しください。上界ではどのようにお考えなのでしょうか?」行者は言った。「その日はまさに玉皇が下界された日で、お前が供え物を犬に与え、汚い言葉を吐くのをご覧になり、玉帝は即座に三つの事をお前に課したのだ」。八戒が尋ねた。「その三つの事とは何だ?」行者は言った。「披香殿に米の山を一つ、高さおよそ十丈、麺の山を一つ、高さおよそ二十丈立てられた。米の山の側には拳ほどの大きさの小鶏が一羽いて、急に嘴を入れ、ゆっくり嘴を入れ、その米を啄んで食べている。麺の山の側には金色の毛をした狛犬が一匹いて、長く舌を出し、短く舌を出し、その麺を舐めている。左側にはまた鉄の台が懸かっており、その台には黄金の大錠前が掛けてある。錠の棒は指ほどの太さだ。下には明るい灯りがあり、灯の炎がその錠の棒を焼いている。鶏が米を啄み尽くし、犬が麺を舐め尽くし、灯が錠の棒を焼き切って初めて、ここで雨が降るべきなのだ」。八戒は笑って言った。「大したことない、大したことない。兄貴が俺を連れて行ってくれれば、法身に変じて、一気に彼の米も麺も食い尽くし、錠の棒をへし折って、必ず雨を降らせてみせる」。行者は言った。「間抜け、馬鹿なことを言うな。これは天の設けた計略だ。お前ごときが見られるものか」。三蔵は言った。「そういうことなら、どうすれば良いのだ?」行者は言った。「難しくはない、難しくはない。私が行く時、四天師が私に言った。ただ善を行うことで解けると」。その郡侯は地にひれ伏し、哀れに乞うて言った。「ただ先生のご教示のままに、下官はすべて帰依いたします」。行者は言った。「お前が心を改めて善に向かうなら、早く仏を唱え経を読め。私がお前のために計らってやろう。もし以前のまま改めなければ、私も解くことはできず、間もなく天が誅し、命は長くないぞ」。
その郡侯は額を地にすりつけて礼拝し、帰依することを誓った。直ちにその地の僧侶や道士を招き、道場を設け、それぞれに文書を書き、三天に申し上げた。郡侯は大衆を率いて香を焚き、礼拝し、天に謝罪し、罪を認めて自ら責めた。三蔵も彼のために経を読んだ。一方でまた飛報を出し、城の内外、大小の家々、男女を問わず、皆香を焚き仏を唱えるように命じた。この時から、善い声が耳に満ちた。行者はようやく喜び、八戒と沙僧に言った。「お前たち二人はしっかり師父を守れ。老孫がまた彼のところへ行ってくる」。八戒は言った。「兄貴はまたどこへ行くのだ?」行者は言った。「この郡侯は老孫の言葉を聞き入れ、確かに教えを受け、敬い善を施し、心から仏を唱えている。私はこれから再び玉帝に奏上し、雨を求めに行く」。沙僧は言った。「兄貴が行くなら、ためらうことはありません。我々の旅の邪魔になります。必ず雨を一壇求め、我々の正果を成就させてください」。
大聖、良し、また雲頭に乗り、天門に至ると、また護国天王に会った。天王は言った。「お前はまた何をしに来た?」行者は言った。「あの郡侯は既に善に帰した」。天王も喜んだ。話しているところに、早くも直符の使者が道家の文書と僧家の関牒を捧げ持ち、天門の外に伝えに来た。その符使は行者を見て礼をし、言った。「これは大聖が善を勧めた功績です」。行者は言った。「お前はこの文牒をどこへ届けるのだ?」符使は言った。「直接通明殿に届け、天師が玉皇大天尊の前に伝えるのです」。行者は言った。「それなら、お前が先に行け。私は後から行く」。その符使は天門に入っていった。護国天王は言った。「大聖、玉帝に拝謁するには及びません。あなたは九天応元府に行き、雷神を借りて、直接雷を鳴らし電光を走らせれば、彼の地に雨が降るでしょう」。
確かに、行者はその言葉に従い天門に入ったが、凌霄殿へ上って旨意を請うことはせず、雲に乗って歩みを進め、直接九天応元府へ向かった。すると雷門使者、糾録典者、廉訪典者が皆出迎え、礼をして言った。「大聖はどこからおいでですか?」行者が言う、「天尊にお目にかかりたくて参った」。三人の使者はすぐに取り次いだ。天尊はすぐに九鳳丹霞の屏風を下り、衣冠を整えて出迎えた。互いに礼を交わした後、行者が言う、「一つお願いがあって参りました」。天尊が尋ねる、「何用か?」行者が言う、「私は唐僧を守って鳳仙郡に至りましたが、あそこは非常な干魃に見舞われており、雨乞いを約束しましたので、特別に貴部の官将をお借りして、あそこに雷を打とうと思います」。天尊が言う、「あの郡侯が上天を冒し、三つの事を立てたことは存じておりますが、今、雨を降らせるべきかどうか分かりませぬ」。行者は笑って言う、「昨日すでに玉帝に拝謁し、旨意を請うてきました。玉帝は天師に命じて私を披香殿に連れて行き、あの三つの事、すなわち米山、麺山、金鎖を見せられました。これらが片付いて初めて雨が降るというのです。私は難儀しておりましたところ、天師が私に、郡侯らを諭して善行を勧めよと教えました。人の善念あれば、天は必ず従うものだと言うのです。これにより天意を挽回し、災難を解くことができるかもしれません。今や彼らは既に善念を起こし、善声が耳に満ちております。先ほど直符使者が改心行善の文牒を玉帝に奏上しに参りましたので、老孫は特に尊府に参り、雷部の官将の助力をお借りしようと思ったのです」。天尊が言う、「それならば、鄧、辛、張、陶の四将軍に命じ、閃電娘子を率いさせ、すぐに大聖に従い鳳仙郡に下り、雷を打たせよう」。
その四将軍は大聖と共に、ほどなく鳳仙郡の地界に到り、半空で法術を施し始めた。轟々たる雷鳴が聞こえ、また淅瀝たる閃電が見えた。まことに:
閃電は紫金の蛇の如く飛び交い、雷声は群獣の伏せるとき驚くが如く轟く。
明るき光は火を飛ばし、霹靂は山の洞を震わせる。
電光は空に満ちて明るく、雷鳴は大地に響き渡りて絶え間なし。
赤き光一閃すれば芽を催し、万里の江山ことごとく動かされる。
その鳳仙郡の城内城外、大小の官員、軍民人等、三年の間、雷鳴閃電を聞かず。今日、雷鳴閃電あるを見て、皆一斉に跪き、頭には香炉を載せ、あるいは柳の枝を手に持ち、皆唱える、「南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏!」この一声の善念、まさに上天を驚かせた。まさに古詩の言うところ:
人心に一念生ずれば、天地ことごとくこれを知る。
善悪もし報いなければ、天地必ず私心あらん。
孫大聖が雷将を指揮し、鳳仙郡にて閃電雷鳴を起こし、人人が善行に帰依する様は、さておく。上界の直符使者が僧・道両家の文牒を通明殿に送り、四位の天師が霊霄殿に伝えて奏上した。玉帝がこれを見て言う、「あの者ども、すでに善念を起こしたか。あの三つの事はどうなった?」と言っていると、忽ち披香殿を看守する将官が報じて言う、「立てられた米山、麺山は共に倒れ、たちまち米も麺も無くなり、鎖梃も断ち切れました」。奏上が終わらぬうち、また当駕天官が鳳仙郡の土地、城隍、社令等の神々を率いて、皆で拝して奏上する、「本郡の郡主及び満城の大小の民家、一家一人として善果に帰依せず、仏を礼し天を敬わぬ者はございません。今、慈悲を垂れ、甘雨を普く降らせ、黎民百姓を救済されたく、懇願申し上げます」。玉帝は聞いて大いに喜び、すぐに旨を伝える、「風部、雲部、雨部に命じ、各々号令に従い、下方へ行き、鳳仙郡の地界に、今日この時、雷を打ち雲を布き、雨を三尺零四十二点降らせよ」。時に四大天師が旨を奉じ、各部に伝えて随時下界させ、各々神威を振るい、一斉に行動させた。
行者がまさに鄧、辛、張、陶の四将軍及び閃電娘子と空の中で調弄していると、衆神が皆到り、一斉に会合した。その間、風雲相会し、甘雨滂沱たり。良きかな雨:
濃雲は密に布き、黒霧は朦々たり。雷車は轟々と響き、閃電は灼々と輝く。狂風は滾滾と吹き、暴雨は淙淙と降る。いわゆる一念天に回り、万民の望み満つ。全く大聖の神通を頼み、万里の江山、処々に陰雲あり。良き雨、河を傾け海を倒すが如く、原野を蔽い天空に迷う。軒先には瀑布垂れ、窓外には玲瓏の声響く。万戸千門、人仏を念じ、六街三市、水は流れて汹涌たり。東西の河道、条々満ち、南北の溪湾、処々通ず。枯れたる苗は潤いを得、枯木は生気を回す。田地里には麻麦茂り、村堡には豆穀豊かなり。客商は販売を通ずるを喜び、農夫は耕耘を好む。此れより黍稷、條暢多く、自然に荘稼は豊穣を得ん。風調い雨順いて民は安楽、海晏かに河清く太平を享く。
一日の雨、三尺零四十二点降り終わり、衆神は次第に引き揚げた。孫大聖は声を厲しくして高らかに叫ぶ、「そこの四部の衆神、暫し雲頭を留めよ。老孫が郡侯を呼び、各位に拝謝させん。各位は雲霧を撥ね開け、各々真の姿を現せ。これらの凡夫に目の当たりにさせれば、彼らも誠心を持って供養するであろう」。衆神はこれを聞き、やむを得ず皆空に留まった。
この行者、雲を按じて下り、郡の中に直行すると、早くも三蔵、八戒、沙僧が皆出迎えに来る。その郡侯は一歩一歩拝して感謝する。行者が言う、「先ず私に感謝するな。私は既に四部の神祇を留めてある。汝は人々を呼び集め、共に拝謝させよ。そうすれば後日、彼らも雨を降らせに来よう」。郡侯はすぐに飛報を伝令し、人々を呼び集めて共に酬い謝せしめ、皆、一人一人香を拈りて朝拝する。すると四部の神祇は雲霧を撥ね開け、各々真の姿を現した。四部とは、即ち雨部、雷部、雲部、風部である。見れば:
龍王は像を顕し、雷将は身を現す。雲童は出現し、風伯は真形を現す。龍王は像を顕し、銀の鬚老いたる容貌、世に並ぶ者無し。雷将は身を現し、鉤の嘴厳かなる相貌、実に比類無し。雲童は出現し、誰か彼の玉面金冠に如かん。風伯は真形を現し、曾て彼の燥眉環眼に似たるか。一斉に青天の上に顕れ、各々列をなして聖儀を現す。鳳仙郡の人々、これにて初めて信じ、頂礼し香を拈り悪念を回心す。今日、天上の神将を朝拝し、心を洗い善に向かい、皆帰依す。
衆神祇は一时辰待ち、人民は拝し続けて止まなかった。孫行者は再び雲端に昇り、衆神に礼をして言う、「ご苦労様、ご苦労様。各位は各々本部署にお帰りください。老孫は郡界の家々に、高真を供養させ、節に逢えば醮を設けて感謝させましょう。各位は今後、五日に一度風を、十日に一度雨を降らせ、また救済にお越しください」。衆神は言葉に従い、各々部署に帰った。これはさておく。
さて大聖は雲を下ろし、三蔵に言う、「事は済み民は安らぎました。荷物をまとめて出発できます」。その郡侯は聞いて、慌てて礼をして言う、「孫様のおっしゃること、とんでもない。本日のこの一件は、無量無辺のご恩徳でございます。下官はここに人を遣わし、小さな宴を用意し、厚恩に報いたいと存じます。また民間の田地を買い求め、様のために寺院を建て、様の生祠を立て、碑を刻んで名を留め、四季祭祀を絶やさぬように致します。たとえ骨に刻み心に銘じても、万分の一にも報いることは難しゅうございます。ましてや出発などと、どうしておっしゃられましょうか?」三蔵が言う、「旦那様のお言葉は確かにごもっともですが、我々は西方より行脚して参った僧でございます。長く留まることはできませぬ。一両日の中には、必ずや立ち去らねばなりません」。その郡侯、どうして放そうか。夜を徹して多くの者を遣わし、酒宴を準備し、祠宇を建てさせた。
翌日、盛大な宴を開き、唐僧を高座に請じ、孫大聖と八戒、沙僧は列座した。郡侯は本郡の大小の官員部臣と共に杯を捧げ、菜を進め、細やかに奏で細やかに打ち、一日もてなした。この宴、実に欣然たるものがあった。詩に証す:
田地久しく旱に逢い甘雨を得、河道は商売を行き交い処処に通ず。
深く感じる神僧の郡界に来りしを、多く蒙る大聖の天宮に上りしを。
三つの事を解き、従前の悪を除き、一念帰依し善果弘まる。
此の後願わくは堯舜の世の如く、五風十雨万年の豊かなるを。
一日の宴席、二日の宴会。今日は謝礼、明日は答礼。半月近く引き止められ、寺院の生祠が完成するのを待った。ある日、郡侯が四人を招いて見物に連れて行った。三蔵法師は驚いて言った。「工事が大がかりなのに、どうしてこんなに早く完成したのか?」郡侯は答えた。「下官が人夫を督励し、昼夜休まず急いで完工させたのです。ぜひ皆様にご覧いただきたく、お招きしました。」行者は笑って言った。「やはり賢く有能な立派な郡侯だ。」すぐに新寺に着くと、殿閣は高くそびえ、山門は壮麗で、皆が口を揃えて褒め称えた。行者は師匠に寺の名を残すよう請うた。三蔵は言った。「ある。名は『甘霖普済寺』とすべきだ。」郡侯は称賛して言った。「結構、結構。」金字の額を用いて広く僧侶を招き、香火を絶やさずに祀らせた。殿の左側には四人の生祠を建て、毎年四季に祭祀を行い、さらに雷神や龍神などの廟も建てて、神の功績に報いた。見物が終わると、出立を命じた。
その郡の人民は、長く留まらせることができないと知り、それぞれ礼物を用意したが、一切受け取らなかった。そのため、郡中の役人や人々は大いに鼓楽を鳴らし、旗を掲げて、三十里あまりも見送り、なおも別れを惜しみ、涙を拭いながら見送り、見えなくなるまで立ち去らなかった。まさに、
大徳の神僧は普済を留め、斉天大聖は広く恩を施す。
はたしてこの後、どれほどの日数で如来に会えるのか、それは次の回で解き明かされる。
